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2018.07.30 (月) 杉本晶子

イノベーションは「天才」しかできない?

 6月中旬。米シリコンバレーのスタンフォード大学はちょうど学期末で、卒業式のガウンを着た学生がキャンパスを行き交っていました。

 スタンフォード大を訪れるのは何度目かですが、今回初めて足を踏み入れた場所があります。それは「dスクール」。いわゆる「デザイン思考(design thinking)」を身につけることができる学び舎です。デザイン思考はイノベーションを生み出す方法論として、この数年で産業界に広まりました。スタンフォードのdスクールは2005年設立の草分け。スタートアップだけでなく大企業も含め、世界中から注目を集めている教育の場です。

 建物に入ったとたんに視界に入ってきたのが、壁から天井までを覆い尽くす無数のインスタント写真。聞けばここで学んだ人々の顔写真とのこと。dスクールそのものは学位を授与する機関ではありませんが、スタンフォードの学生は自由に受講できるほか、ビジネスパーソン向けのプログラムも1年を通じて用意しています。
 では、そのデザイン思考はどうやって養うのでしょうか。
 dスクールの至るところに、ホワイトボードに色とりどりの付箋が貼られています。アイデア出しやブレーンストーミングでの議論の整理に使うものです。
 さらに進んでいくと、工具置き場があります。ペンチやドライバー、のこぎりなどが並び、アメリカの一軒家のガレージに迷い込んだような気分になります。

 この日授業は行っていませんでしたが、実際のワークショップでは、講師からお題を出され、小規模なチームごとにアイデアを出し合い、それにあったプロトタイプ(試作品)を共同作業でつくりあげるといいます。プロトタイプはアルミホイルや紙、針金などを材料に、先ほどの工具を使ってつくります。小学校の図画工作さえ思い浮かべますが、この「手を動かす」「とりあえず形にする」というプロセスこそがデザイン思考の真骨頂。
 デザイン思考の基本的な流れは、①ユーザーの立場に立って課題を注意深く観察し、②アイデアを出し、③プロトタイプをつくり、④それを実際に検証し、⑤よりよいものに手直ししていく――というサイクルだそうです。

 このdスクールから生まれ、実用化されたというプロダクトがありました。それは途上国向けの安価な保育器です。
 未熟児、低体重の赤ちゃんは毎年2000万人ほど生まれているそうです。この課題を何とか解決できないかと考えたプロジェクトチームがネパールに視察に行ったところ、こうした赤ちゃんの多くは地方で生まれ、都心にある病院に行けないため保育器を使う環境にないことがわかりました。未熟児は皮下脂肪が不足しているために体温の調節がうまくできず、それが原因で死に至ることも少なくないというのです。そこで保温機能を備えた保育器、それも安くて衛生的な製品をつくり、途上国に行きわたらせればよいというアイデアに行きつきました。試作と検証を繰り返してできたのが1個あたり25ドルと、先進国の保育器(2万ドル)の800分の1の価格のプロダクト。電気を使わずに暖かさを保てる特殊コーティングを施し、熱湯消毒で繰り返し使えます。いまではインドなど20カ国のおよそ20万人の赤ちゃんに使われ、その命を救っているといいます。

 帰りがけ、dスクールの吹き抜けで目にとまったのがこの標語。
「間違いなんてない。勝利も失敗もない。
 あるのはただ、つくるということ」

 「イノベーション」というと、スティーブ・ジョブズのようなひとりの突き抜けた天才が突然生み出すイメージがあるかもしれません。しかし、そうではないイノベーションがあってもいいはず。人間の暮らしや行動を深く見つめ、グループワークを通じてああでもない、こうでもないと試行錯誤を重ねてたどりつく解決法ならば、自分にもできるかもしれないとどこか身近にさえ思えてきます。

 dスクールで受講したことがある知人が言っていました。
 「デザイン思考では、ユーザーに感情移入する、気持ちに寄りそうことが大事」。

 インターネット全盛時代だからこそ、現場に足を運び、フェイス・トゥー・フェイスでワイワイガヤガヤと言葉を交わし、手を動かし、ものをつくる――という泥臭い手法が有効な手がかりになるようです。