第3弾《前編》
2018/8/13 公開
ロックと同じようにチャートを奏でる!
~元ビジュアル系バンドマン・コウスケ氏の成功の秘訣とは~
インタビュアー:内田まさみ
ビジュアル系ロックバンドのギタリストとしてメジャーデビューを果たし、華やかな世界で、大勢のファンから熱い歓声を浴び続けてきたコウスケ氏。 コウスケ氏がFXトレーダーに本格的に転身したのは3年前のこと。10代から憧れてきた音楽の世界から潔く身をひき、トレーダーの世界を選んだのはいったいなぜだったのでしょうか。 そして、たった3年で勝てるようになれたのはなぜなのでしょうか。
コウスケ
過去にはビジュアル系バンド「Moran」のメンバーとして日本のみならず世界各国で公演を行っていた。
音楽CDセールスにおいても実績あり、自身作曲の曲がオリコンメジャーチャート27位がランクインしている。
日本武道館・ZeepDiverCityTokyo・渋谷公会堂など公演を行っていた。
20代の頃から投資を始める。

投資歴:10年
トレード歴:4年
日本テクニカルアナリスト(CMTA R)
世界トレードコンテストWTC
(ロビンスカップ)第3位

■証券会社タイアップ
・マネックス証券
・スイス銀行グループデューカスコピージャパン
・外為ファイネスト
夢を抱いて10代で上京
―――数年前まではビジュアル系ロックバンドで、ギタリストをしていたと伺いましたが。
 はい。中学生時代に始めたギターに夢中になって、バンドマンを目指して上京しました。 当時はまだ10代で、音楽の専門学校に2年間通った後、ビジュアル系ロックバンド「Sugar」を結成しました。
22歳の時に、全国流通のCDを発売(インディーズデビュー)しましたが、残念ながら4年半で解散。 2010年に加入したバンド「Moran」でメジャーデビューを果たした時は、28歳になっていました。
―――ミュージシャンを目指しても、デビューできる人の数はそれほど多くないですよね?
 そうですね。確率にすると1%にも満たないんじゃないかと思います。
だから僕は、本当にラッキーでしたね。ただただギターが好きなだけでしたが、発売したアルバムはオリコンメジャーチャートにもランクインしてくれましたし、 あの「日本武道館」のステージにも立つことができました。自分がやりたかった音楽をトコトン追求し、やり尽くすことができましたから。
夢は叶っても生活に余裕なし
―――そんな充実した音楽活動の中で、なぜFXに興味を持ったのですか?
 ミュージシャンの世界って、外から見ると派手に見えたりするのですが、昔に比べるとCDの販売数は圧倒的に少なくて、すごく人気のある方でも、実は、収入が少ないってことがよくある世界なんです。 音楽も、YouTubeなどのネットを介して楽しむ人たちが増えたことで、エンターティンメントの形自体が分散化しましたから。
 僕も、メジャーデビューしていたとはいえ、収入はとても不安定で、生活はいつも“かつかつ”でした。 それなのに、PV(プロモーションビデオ)撮影などのスケジュールは突然に決まることが多くて、前もってシフトを組まれてしまうアルバイトをするわけにいかなかった。
 しかも、僕がバンドの曲の半分以上を作曲していましたから、アルバイトに時間を費やすより、曲作りに集中したいという気持ちも強かったんですね。
 そこで、「投資」をしてみようと思い立ちました。時間をとられることもなく、収入とメンタル、この両方を安定させてくれるのではないかと期待していました。
―――バンド活動に集中するためのツールが「投資」だったんですね。
 はい。時間をとられることもなく、お金を増やすには「投資」しかないと。
そこで、選んだのは「投資信託」でした。リーマンショックが起きた後だったということもあり、「安定している」というイメージが強い投資信託なら、他の金融商品よりリスクが少ないだろうと思えたからです。 しかも、投資のプロが運用してくれるわけですから、失敗はないだろうと思っていましたし。
そこで、米国のリートを対象にした投資信託に、まず100万円を投資しました。毎月分配型でしたから、毎月お小遣いが貰えるのがすごく嬉しかったですね。 ちゃんと半分は再投資に回していましたよ。利益も順調に増えてくれて、「投資って簡単だな」って、ずいぶん図々しい勘違いもしていました(笑)。
「投資信託」から「FX」へ
―――「FX取引」を始めたのはなぜですか?
 FXは、僕にとっては「投資信託」の延長線でしたね。なにしろ、投資信託は上手くいっていましたから。 なぜ、FXを選んだのかというと、「消費増税の年は、円安になりやすい」という記事を見たから。 ただ、それだけ(笑)。今、振り返ればファンダメンタル分析でも何でもない、ただの相場のアノマリーを信じて始めたわけです。 そんな調子ですから、「相場が織り込む」なんてことも全く知りませんでした。
 FX取引を始めた2014年は、アベノミクスが始まった1年後で、ドル円は、年前半101円から103円くらいの狭いレンジ内でもみ合いが続いていましたが、総選挙をめがけて年後半は、ほぼ一本調子で121円台まで駆け上がっていきました。 もう、ドル円を買っておけばいい相場で、僕の背中を押した、あの記事通りの値動きです。
 チャートの見方すら知らないのに、「儲かる」、「スワップポイントが入ってくる」、「手数料はかからない」、もうFXはいい事ばかりです。 値が下がればチャンスだと思って、ドル円を買い足しました。そして、ドル円が120円をブレークしたあたりで、豪ドルなどの高金利通貨も取引するようになっていました。
初めての大失敗!3カ月間茫然自失
―――どれくらい利益が出ていたんですか?
 たしか、最初に証拠金を400万円くらいいれて、たった数カ月で利益が600万円ぐらいに膨らんでいましたね。 でも、そんな簡単にお金が増えるはずがないんです。忘れもしない2015年8月。「チャイナ・ショック」(景気失速懸念や政策変更、シャドーバンキング問題などを背景に、急落した人民元や中国株の動きが、世界各国の金融市場に波及。 為替相場の急変や株式相場の急落などの混乱を招いた)で、一気に相場は円高に傾きました。
 600万円ほどあった利益は半分になり、たった一日で300万円の大金を失いました。 初めての大きな失敗を受け入れることができずに、その後、3カ月ぐらいポジションも持てず、茫然自失。 その場に立ち尽くしているような感覚で、FX取引をする気になんて全くなれませんでした。
―――その時にやめずに、取引を再開したのはなぜですか?
 実は、チャイナ・ショックが起きた1カ月後に、バンドが解散したんですね。 少し前から決まっていたことなんですけど、大金を失い、バンドも解散。僕にとっては、人生の全てを失ったように思えた時期でした。
 ある時、ふと思ったんです。僕はギターが大好きで、夢中で人の真似をして、音楽学校にも通い、技術を磨いてきたけれども、FX取引ではなんの勉強もせず、努力もしてこなかった。 バンドマンがコピーバンドからスタートするように、FXでもまず成功している人のいいところを真似てみたらどうなんだろうと。
 さっそく、テクニカル分析の基本中の基本である移動平均線から勉強をスタートし、同時に、成功している専業FXトレーダーM氏を紹介してもらい、彼の手法を真似て、トレードの練習を始めました。
内田 まさみ
(うちだ まさみ)
1998年にラジオNIKKEIへ入社。『経済情報ネットワーク』、『東京株式実況中継』等の株式情報番組を担当し、その後はフリーに転身。
現在はラジオNIKKEIや日経CNBCの番組パーソナリティを務めるほか、ライターとして複数のメディアに記事を執筆するなど、多方面で活躍中。
2017年11月には、初の著書となる『FX億トレ! 7人の勝ち組トレーダーが考え方と手法を大公開』を刊行した。
【現在出演中の番組】
・ザ・マネー 15:10-16:00 (毎週月曜日担当)
・投資戦略ラジオ きらめきの発想 毎週火曜日14:30-15:00
・トレードパーティー♪  毎週水曜日 16:00-16:30
・ザ☆スマートトレーダーPLUS 毎週木曜日16:00-16:30
・夜トレ 21:30-22:30 (隔週金曜日担当)
(いずれもラジオNIKKEIで放送中)
・夜エクスプレス 21:00-22:40 毎週木曜日(日経CNBC)

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