イノベの鍵 -スタートアップ道中記-

このコラム「スタートアップ道中記」は、スタートアップ取材歴37年に及ぶ記者、上田敬が日々、 出会った起業家や新しい技術のトレンド、社会的インパクトなどをカジュアルに紹介します。
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最終回「世界につながる春、旅立ちの一歩」

2026年3月31日

桜の季節になりました。この時期の東京には、花に誘われるかのように、世界中からスタートアップエコシステムのプレーヤーたちが集まってきます。

先週、ファミリーオフィスや金融機関など投資家層を対象とした有力カンファレンスが、日本・東京で初めて開催されました。私も参加しましたが、海外の投資家たちが真剣な眼差しで日本市場を見つめていることを肌で感じました。

今週はマクロン仏大統領の来日に合わせ、フランスのスタートアップ関係者が東京を訪れます。日仏のイノベーションの懸け橋はより強固になろうとしています。私もフランスのスタートアップ「フレンチテック」にはかねてご縁があり、招待いただきました。フレンチテックが、どんな業種に商機を見出しているのか、確認する機会にしたいと思います。

ほぼ同じタイミングで、若者たちが主導するスタートアップイベント「Takeoff Tokyo」も3月31日ー4月1日の日程で開催されます。フィンランド・ヘルシンキで学生たちが創設したスタートアップイベント「SLUSH」の日本版を源流とするイベントであり、欧州を中心に多くの海外起業家が来日します。

最近、ビジネスの最初の舞台として日本を選ぶ海外の起業家に会う機会も増えました。政治の安定、経済の底力、暮らしの質など、さまざまな観点から「日本」が選ばれています。生成AI関連の新サービスのベータ版を日本市場でブラッシュアップすると話す経営者にも会いました。

ちょうど1年前のこのコラムでもご紹介しましたが、今や日本のフラッグシップイベントとなったアジア最大級のグローバルイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2026」が、4月27日から3日間の日程で東京ビッグサイトにて開催されます。日本にいながらにして、世界のスタートアップエコシステムの最前線に触れることができる貴重な機会です。世界は意外に身近で感じられるようになりました。

世界を知ることは大切です。そしてそれは、決して遠い話ではありません。皆さん自身の「スタートアップ道中」を、まずは一歩、今いる場所から歩み始めてみてはいかがでしょうか。例えば近くに新しくできた店や地元でユニークな社会活動を始めた団体など、起業やスタートアップには様々なかたちがあり、それぞれに気づきや学びが隠れています。世界を変える可能性を秘めた挑戦者がいるかもしれません。

私自身、これまで多くの海外カンファレンスに参加させていただきましたが、出展者のブースを回るたびに「日本のあのスタートアップの方が、もっと素晴らしいものを持っている」と思うことが少なくありませんでした。日本の技術力、ものづくりの精神、課題解決への真摯な姿勢——日本のスタートアップは世界の中で十分に戦えます。世界の中での位置づけをよく知り、自信を持って、世界に挑戦していってください。

さて、このコラムは今回をもって一旦、区切りとさせていただきます。

番組「イノベの鍵」をご覧いただいた皆さま、そしてこのコラムを読んでくださった皆さまに、心からの感謝を申し上げます。毎回お届けする中で、皆さまからいただく反響や温かいお言葉が、私自身にとっても大きな学びと励みになりました。本当にありがとうございました。

またどこかでお会いしましょう。それはスタートアップやイノベーションのカンファレンスの取材現場かもしれません。また、私はいくつかの大学でスタートアップの講義を担当しておりますので、キャンパスでばったりお目にかかることもあるかもしれません。その時はどうぞ気軽にお声がけください。

最後に、番組を支えてくださったプロデューサーをはじめ、スタッフの皆さまに深く御礼を申し上げます。皆さまのプロフェッショナルな仕事があったからこそ、「イノベの鍵」は多くの方に届くコンテンツになりました。この番組に関わることができたことを、心から誇りに思います。

それではみなさま、引き続きよいスタートアップ道中を。

(上田敬)

第34話「自治体や地銀、地域発スタートアップ支援を強化 大学の研究力に期待 スタートアップの「自走」につながるか」

2026年3月26日

「イノベの鍵」視聴者の皆さん、こんにちは。コメンテーターの上田です。

地方発のスタートアップを支援する動きが、かつてないほどの熱を帯びています。日々の取材や「イノベの鍵」を通じて様々な起業家や支援者と対話する中でも、地方自治体や地方銀行によるスタートアップ支援が、イベントの開催や手厚い資金手当など、まさに「至れり尽くせり」のフェーズに入ってきたと実感します。

直近でも、各地で象徴的な動きが相次いでいます。

山口県は3月15日、東京・有楽町のTokyo Innovation Base(TIB)にて、ピッチイベント「Y!Pitch(ワイピッチ)」を開催しました。地元に閉じこもるのではなく、首都圏の投資家や企業と地域スタートアップを直接繋ぐ積極的な越境の試みです。ここで特筆すべきは、登壇企業の中に山口大学発のベンチャーが多く含まれていた点です。地方のスタートアップ・エコシステムにおいて、地域の大学が果たす役割は極めて大きくなっています。大学のラボに眠る高度な研究シーズを事業化して地域から新たな産業を生み出す源泉となるだけでなく、学生や若手研究者に「起業」という挑戦の選択肢を示す重要な機能も担っています。地域の知と若き人材のハブである大学が本気でアントレプレナーシップ教育や技術移転に取り組むことが、地方創生を推進する強力なエンジンとなっているのです。

山陰合同銀行は3月27日に「ごうぎんスタートアップフェス 2026」を開催します。地方銀行が単なる資金の出し手を超えて、地域経済の新たな起爆剤となる企業を発掘・育成し、エコシステムのハブとしての役割を強化する流れを示しています。山陰合同銀行のスタートアップ界隈での存在感は急速に増しています。その秘訣は、ベンチャーキャピタル(VC)への出資です。同行によるVCへの累計投資額は26年2月時点で106億5000万円。24年3月末の23億円から80億円増やしました。VC数は優に20を超えます。大学等が生み出すディープテックと呼ばれる技術領域への投資で実績を持つVCも少なくありません。子会社のごうぎんキャピタルによるスタートアップへの出資は26年2月時点で累計32億4000万円と、24年3月末比で5倍弱に増えています。

北海道では2月26日、VCのスクラムベンチャーズとグループのスクラムスタジオが、パートナー企業・⾃治体との事業共創を⽬指すグローバルアクセラレーションプログラム「Hokkaido F Village X」(HFX)の成果発表会(デモデイ)を北海道ボールパーク F ビレッジ(北海道北広島市)で開催しました。ヤマトホールディングスやファイターズ スポーツ&エンターテイメント、東急不動産などの企業の他、北広島市や北海道⼤学も登壇しました。北海道の魅⼒向上や地域課題の解決をテーマに「スポーツ・エンタメ・スタジアム」、「フード&アグリ」、「モビリティ」、「サステナビリティ/GX」、「ウェルビーイング」の 5 領域で国内外から参加したスタートアップが成果を発表しました。

こうした各地の支援策には、どのような意味があるのでしょうか。地域のスタートアップ支援には大きく3つの本質的な役割があることが見えてきます。

第一に、限界点に達しつつある「地域課題の解決」です。過疎化や一次産業の担い手不足など、地方はリアルな課題を抱える「課題先進地」です。これらの現場の課題を起点に生まれたスタートアップは、日本全国、さらには世界の共通課題を解決するグローバルなポテンシャルを秘めています。

第二に、地場企業との「共創」による地域経済の新陳代謝です。地方創生の本質は、地域全体の産業構造を更新することにあります。スタートアップが地元の既存企業と組み、オープンイノベーションを実践することで、地域経済全体の競争力強化に繋がります。

第三に、若い世代への「挑戦の選択肢」の提示です。起業家やそれを支えるエコシステムが地域で可視化されることは、「地元でも挑戦できる」という力強いメッセージとなり、長い目で見れば人材の流出を防ぎ、定住を促す強力な地方創生策となります。

結論として、地域におけるスタートアップ支援の真の意味は、「地方創生という名目のカンフル剤」や現状維持から、「持続可能な新しい地域経済エコシステムの構築」へのパラダイムシフトにあります。

イベントの開催や初期の資金援助といった「点」の支援は、すでに全国各地で整いつつあります。これからの「イノベの鍵」となるのは、その手厚い支援をいかに事業成長やエコシステムの自律的な循環という「面」の成果へと繋げていくかです。

「支援」から「共創」へ。独自の地域資源に根を張りながら、広域市場や世界へと開いていく。一過性のブームで終わらせないための、地域側の「本気度」と、成功したスタートアップ経営者が次世代のスタートアップを支援するという意味での「自走力」が試されるのは、まさにこれからです。

(上田敬)

第33話「親から子へ受け継がれる『挑戦のDNA』アトツギベンチャー」

2026年3月24日

日を追うごとに春の気配が色濃くなってまいりました。日経CNBC「イノベの鍵」で監修・コメンテーターを務めております、日本経済新聞の上田敬です。いつもご視聴いただき、ありがとうございます。

3月8日、日本経済新聞社が主催するピッチコンテスト「NIKKEI THE PITCH(ニッケイ・ザ・ピッチ)」が開催されました。このイベントは、革新的なビジネスモデルで勝負するスタートアップと、家業を受け継ぎながら新たな事業領域を切り拓く「アトツギベンチャー」の双方を表彰するものです。新しいものをゼロから生み出す起業家と、先代から受け継いだ資産や技術を土台に新たな挑戦を仕掛ける後継者――。立場は異なれど、「まだ世の中にない価値をつくる」という志は共通しています。登壇者たちの熱のこもったプレゼンテーションは、日本の産業の未来に対する力強いメッセージでした。

審査員の一人が、レオス・キャピタルワークスの藤野英人会長兼社長です。「ひふみ投信」の運用責任者として知られ、長年にわたり成長企業を見出し、資金を注いできた日本を代表する投資家のお一人です。藤野さんには、3月25日放送の「イノベの鍵」にゲストとしてご出演いただきます。投資家の目から見た日本のイノベーションとスタートアップの現在地について、じっくりお話を伺っていますので、ぜひご覧ください。

さて、その収録の翌日、私は藤野さんの娘さん、藤野菜々歩さんにお会いしました。菜々歩さんは、デロイト トーマツ ベンチャーサポートでスタートアップ支援に取り組んでいらっしゃいます。実は菜々歩さんとは以前からご縁があり、菜々歩さんが運営されたイベントに登壇させていただいたこともあります。父親は投資家として起業家を支え、娘はコンサルティングの現場から起業家を応援する。アプローチは違えど、「挑戦する人の背中を押し、支える」という根っこの部分は見事に重なっています。お二人と接するたびに、その志の共鳴を感じずにはいられません。

私は、スタートアップ界隈を30年以上取材してきました。その長い定点観測の中で、起業家や投資家のお子さんが、形を変えながらも近しいフィールドで活躍されている姿に出会う機会が、近年とみに増えてきたように感じます。親がベンチャーキャピタリストで、子もまたベンチャーキャピタリストという親子もいます。親が起業家で、子は別の領域で起業しているケースもあります。

「挑戦する姿勢」「社会を変えようとする意志」が、家庭の空気の中で自然と受け渡されていく。これは事業承継とはまた異なる、いわば「ビジョンの承継」とでも呼ぶべきものではないでしょうか。親から子へ受け継がれるのは、目に見える資産や事業の看板だけではありません。社会課題に立ち向かう姿勢、新しい価値を創り出そうとする情熱、そして何より「挑戦する文化を尊ぶ考え方」「社会を変えようとする意志」が、もっとも価値のある無形の財産として引き継がれていくのだと思います。

藤野さん親子の姿に触れ、私は「起業支援」という領域にもまた、尊い「跡継ぎ」が存在しているのだと強く感じました。親が情熱を注いだ「挑戦者を応援する」という世界に、子もまた飛び込んでいく。それは、単なる職業の選択にとどまらない、より深い次元での承継です。

今回のNIKKEI THE PITCHで光を当てた「アトツギベンチャー」は、まさにこの文脈と響き合います。先代の事業をただ守るのではなく、受け継いだ土壌の上に新しい種を蒔く。それは家業の承継であると同時に、「変化を恐れず挑む」という精神の承継でもあるのです。

日本では長らく、起業やベンチャーは「特別な人がやること」と見なされてきました。しかし、挑戦の文化が親から子へ、世代を超えて伝播していく光景を目の当たりにすると、この国のイノベーションの生態系が確実に厚みを増しつつあることを実感します。事業を継ぐ人も、ゼロから興す人も、そしてそれを支える人も。挑戦のバトンが世代を超えてつながっていくこと。それこそが、日本のスタートアップ・エコシステムを本当の意味で持続可能なものにしていく鍵なのだと思います。

(上田敬)

第32話「議論と進化の交差点、ジャパンフィンテックウイーク2026を振り返る」

2026年3月17日

東京の街に春の気配が漂い始めた2月末から3月にかけて、今年も「ジャパンフィンテックウイーク」が開催されました。金融庁が旗振り役となり、東京をアジア・世界のフィンテックハブとして位置づけようとするこの一大イベント群は、年を追うごとに、議論の厚みと広がりを増しています。そして、スタートアップの進化も支えています。私自身にとっても、今回は特別な意味を持つ開催となりました。コ・ファウンダーとして立ち上げに関わったイベント、フィンテックサミット「FIN/SUM」が、10回目の節目を迎えたからです。

まず、ジャパンフィンテックウイーク全体の構成を俯瞰しておきましょう。中核をなすのは、金融庁と日本経済新聞社が共催するFIN/SUM2026です。高市首相や片山財務相もメッセージを寄せました。グローバルイベント、GFTN(Global Financial Technology Network)も同時期に東京で開かれ、各国の官民のフィンテック関係者が一堂に会しました。

スタートアップということでは、フィンテックに特化したグローバルなピッチコンテスト「FINOPITCH」が、注目を集めました。国内外のスタートアップが金融機関や投資家の前でビジネスモデルを披露する場です。毎年このステージから資金調達やアライアンスにつながるスタートアップが生まれており、今やジャパンフィンテックウイークの欠かせない構成要素となっています。会場が能楽堂というのも興味深いです。

国内外のFinTechサービスを提供する18社(国内10社、海外8社)の中から、国際部門は米Dynamo AI(カリフォルニア州)、国内部門はDots for(東京・港)がそれぞれ大賞を獲得しました。Dynamo AIは、金融領域のコンプライアンス対応など、AIによる実務的な実用性と応用分野の拡大が評価されました。Dots forは、アフリカで人々の生活向上に役立つ実利的なソリューションを展開している点が評価されました。

中核イベントのFIN/SUM2026のピッチコンテストでは、サニーズ(東京・千代田)が、最優秀賞にあたる「日経賞」を受賞しました。パスワードを管理するツール「Privaco(プライバコ)」を提供しており、証券口座やSNSといったデジタル資産を万が一の際に家族に引き継ぐことも支援します。

私は2つのセッションでモデレーターを務めました。「AI時代におけるフィンテックスタートアップへの投資家の期待」と題したセッションです。生成AIの爆発的な進化が金融サービスのあらゆる領域に波及する中、投資家たちはフィンテックスタートアップに何を求め、何を評価軸としているのか。壇上には日、米、欧州、東南アジアで活躍するVCのキャピタリストらが並びました。「ブロックチェーンと暗号資産が描く2030年の経済と社会」では、取引所やDAO(分散型自律組織)のプレーヤー、ファンド関係者、アナリストら多彩な登壇者を迎えました。

10年という区切りを迎えたFIN/SUMと新たな枠組みであるジャパンフィンテックウイークは、これからどこへ向かうのでしょうか。「議論と対話の場を作ること」には普遍的な価値があります。スタートアップと金融機関、規制当局と民間、国内と海外。異なる立場にある人々が同じ場所に集い、未来を議論する。そこから生まれる化学反応こそが、イノベーションの源泉です。次の10年も、そのムーブメントは続いていくと信じています。

(上田敬)

第31話「『TechGALA Japan 2026』で見た“ディープテック実装”の未来」

2026年2月17日

1月下旬、寒波に見舞われた名古屋ですが、ここだけは真夏のような熱気に包まれていました。今回の行き先は、1月27日から29日にかけて開催された日本最大級のイノベーションの祭典「TechGALA(テックガラ) Japan 2026」です。

2回目の開催となる今回は、会場に一歩足を踏み入れた瞬間、前回とは違う「厚み」を感じました。それもそのはず、来場者は約6,000人、出展企業は前年比100社増の250社超。何より今回のトピックは、主催チームに「やらまいか精神」でおなじみの浜松市が新たに加わったことです。自動車産業の愛知と、楽器・輸送機器の浜松。中部圏のものづくり基盤がガッチリとスクラムを組んだことで、イベントの軸がより明確になりました。

その軸とは、ズバリ「ディープテックの実装」です。象徴的だったのが、28日の中日ホールで行われたピッチコンテスト「Grand Pitch 2026」の結果です。世界200社以上の応募から優勝を勝ち取ったのは、米国のスタートアップUnitX Inc.でした。

彼らの技術は、AIと独自の撮像技術を用いた製造業向けの「自動外観検査システム」でした。キラキラしたWebサービスではなく、工場の生産ラインを支える骨太な技術がトップに選ばれたのです。「日本はアジアで最も重要な市場」と語る彼らの姿を見て、私は確信しました。ここは単なる見本市ではなく、「世界の先端技術が、日本の製造現場で実装されるための実験場」になっているのだと。

基調講演に登壇したナイキのフューチャリスト(未来予測者)、モニカ・ビエルスキテ氏が提唱した「プロトピア(Protopia)」という概念も印象的でした。それは、魔法のような技術礼賛ではなく、人間中心の現実的な未来のあり方です。昨年も、フューチャリストのピーター・スウェイン氏をスピーカーに起用しています。日本のテックイベントとしては珍しく、テックガラの特徴の一つとして、定着しそうです。

ガラ(祝祭)という名称通り、お祭り気分を盛り上げる工夫も凝らされていました。前日に東京から名古屋まで、新幹線の車両の一部をテックガラ仕様に仕立てて、走らせたのも2年連続のことでした。車内では幾つかの企画が行われ、SNSには写真が溢れました。

日本最大級のインキュベーション施設「STATION Ai」や名古屋・栄の街中で繰り広げられた110以上のサイドイベント、そしてオープニングで知事や市長たちが掲げた「熊手」と「提灯」。これらは、泥臭くも力強い、地域総出の「お祭り」であり、イノベーションを社会に根付かせようとする覚悟の表れでもあります。

愛知・名古屋の堅実さと、浜松の挑戦心。そして世界中から集まったディープテック。これらが融合した3日間は、まさに、当地のスタートアップと産業が、アップデートする転換点として記憶されるでしょう。

それでは、また次回の道中記でお会いしましょう。

(上田敬)

第30話「NRF2026 グーグルも期待する『小売の未来』、挑戦する日本のスタートアップ」

2026年2月6日

日経CNBC「イノベの鍵」をご覧の皆様、こんにちは。コメンテーターを務めております、日本経済新聞社の上田敬です。

今週のメルマガコラム「スタートアップ道中記」では、前回ご紹介したCESの翌週にニューヨークで開催された、「NRF 2026: Retail’s Big Show」の様子をお届けします。世界中の小売関係者が注目するリテールテックの展示会です。

1月のニューヨーク、ハドソン川沿いにある展示会場「ジャビッツセンター」は、今年も数万人規模の熱気に包まれていました。今年は、直前にラスベガスで開催されたCESでは本格的な出展を見送ったグーグルのCEO、サンダー・ピチャイ氏が基調講演に登壇するなど、テクノロジー界の視線が、週を跨いで、西海岸(CES)から東海岸(NRF)へと一気に移った格好でした。日本からも富士通や東芝テックなどが出展していたようです。

テックイベントの例に漏れず、NRFにもスタートアップエリアが設けられています。地下の「スタートアップハブ」に出展した日本の2社、「Lazuli(ラズリ)」と「MUSE(ミューズ)」を紹介します。

まず注目したいのが、AIスタートアップ、Lazuliです。彼らが掲げるミッションは「AIで商品情報を競争力の源泉に変える」こと。会場のブースでは、ECや店頭、マーケティングでバラバラになりがちな商品データをAIで統合し、「一貫した商品マスタ」に変えるデモを行いました。米国の大手小売担当者たちも「商品情報の整備は永遠の課題だが、どこから手をつけるべきかわからない」という共通の悩みを抱えており、Lazuliの提示する解決策に強い関心を寄せていたと言います。

もう一社は、東京・京橋に本社を置くロボティクス企業、MUSEです。彼らの自律走行ロボット「Armo」は、Startup Hubの一角に再現した店舗の模擬店でひときわ存在感を放っていました。

米国の店舗現場では、賃金上昇と人手不足が深刻化しており、夜間の棚補充やオンライン注文のピッキングが大きな負担となっています。MUSEの「Armo」は、棚の状況把握だけでなく、ピッキング支援や補充サポートまで1台でこなす“マルチユース設計”が特徴です。これにより、小売業界特有のシビアな「投資対効果」の壁を乗り越えようとしています。

すでに国内ではスーパーマーケット「ベルク」などで導入実績があります。米国市場に狙いを定めており、2024年秋には米テキサス州へ初の海外拠点を設立しました。

「データ(Lazuli)」と「ロボット(MUSE)」の両者は一見、異なる領域に見える両社ですが、そこには共通する「イノベの鍵」があります。それは、「現場の現実の課題から逆算している」という点です。データクレンジングも棚補充も、決して派手な業務ではありません。しかし、日米問わず小売業が直面している構造的な課題です。

会場では、Lazuliでデータの話をしたバイヤーが、その足でMUSEのブースに向かい、「棚のデータをロボットで取り、どう活かすか」という議論を始める場面も見られたと言います。オンラインとオフラインが交差するこの光景こそ、NRFが単なる展示会ではなく「実験場」であることの証左です。日本の現場で鍛えられたテックが、ニューヨークの舞台で世界と渡り合う。日本発イノベーションが次のフェーズに進むのを期待しています。

(上田敬)

第29話「CES2026 ORPHE、最高賞『ベスト・オブ・イノベーション』受賞の快挙」

2026年1月20日

日経CNBC「イノベの鍵」をご覧の皆様、新年あけましておめでとうございます。番組コメンテーターの上田敬です。

2026年が始まり、皆様も新たな気持ちで一年の計を立てていらっしゃることと存じます。さて、テクノロジー業界、スタートアップ業界にとっての「新年」を告げる世界最大級のテクノロジー見本市CES2026が今年も米ラスベガスで開幕しました。日本にも連日、その熱気と革新的なニュースが伝わってきました。わくわくした方も多いことでしょう。今年のCESは引き続き「AI」が主役でした。もはやAIは特定のカテゴリーではなく、あらゆる製品やサービスに浸透する「基盤技術」として存在感を放ちました。形を持つAIとしてのフィジカルAI、ヒューマノイド型ロボットも目立っていたようです。

さて、新年早々、日本のスタートアップ・エコシステムにとって、明るいニュースが飛び込んできました。CESに出展された数多くの製品の中から、特に優れた製品に贈られる「イノベーションアワード」。その最高賞である「ベスト・オブ・イノベーション」を、日本のスタートアップ、ORPHE(オルフェ)がスポーツ&フィットネス部門で見事受賞したのです。受賞の発表から2カ月が経った今、改めてこの受賞の意味と、それがもたらす日本のスタートアップへのインパクトについて考えてみます。

今回、最高賞の栄誉に輝いたのは、ORPHEが開発したセンサー内蔵インソール「ORPHE INSOLE(オルフェ インソール)」です。普段お使いの靴の中敷きと交換するだけで、私たちの「歩き」に関するあらゆるデータを高精度に取得できる、まさにスマートインソールと呼ぶべき製品です。

インソール内部には6軸モーションセンサーと6点の圧力センサーが搭載されており、歩行中の足の動きや体重のかかり方、バランスなどを詳細に捉えます。データは専用のスマートフォンアプリでリアルタイムに分析・可視化され、歩き方の癖や改善点をユーザーにフィードバックします。日常の通勤・通学から、本格的なスポーツトレーニング、さらには工場などでの作業員の健康管理といった産業用途まで、幅広いシーンでの活用が期待されています。

ところで、日本のスタートアップがCESで「ベスト・オブ・イノベーション」を受賞するのは、これが初めてではありません。2022年にはWHILLの電動車椅子が受賞しました。移動に困難を抱える人々の活動範囲を劇的に広げる製品で、まさに社会課題解決型イノベーションの象徴です。CESの会場でも同社の電動車椅子に乗った参加者を見ることが増えました。

そして昨年は、東京大学発のベンチャーBionicMが開発した、モーター内蔵のバイオニック義足「Bio Leg(バイオ・レッグ)」が同じく最高賞に輝きました。失われた身体機能を取り戻し、ユーザーの能力を拡張するこの技術は、世界に大きなインパクトを与えました。

WHILLの「電動車椅子」、BionicMの「義足」、そして今回のORPHEの「インソール」。これらはすべて、人の「移動」や「身体性」に寄り添い、テクノロジーの力でその可能性を拡張するハードウェア・イノベーションであるという共通点があります。「人間中心」とも言えます。

ベスト・オブ・イノベーションの受賞は、極めて重要な意味を持ちます。第一に、「ハードウェアにおける日本の強みの証明」です。日本のスタートアップが立て続けに最高賞を獲得したことで、「日本のものづくりのDNAが、スタートアップという形で今なお進化し、世界で通用する」という力強いメッセージの発信であります。

第二に、「グローバル市場への扉を開く鍵」としての役割です。CESの最高賞というお墨付きは、世界中の投資家や提携候補企業に対する最高の「名刺」となります。グローバル展開は一気に加速するでしょう。後に続く日本のスタートアップにとっても、大きな希望となります。

第三に、「エコシステムの活性化」です。WHILLが受賞後に大きく成長し、今やパーソナルモビリティの領域で世界的なプレーヤーとなったように、成功事例は新たな挑戦者を生み出す土壌となります。ORPHEの快挙は、多くの起業家や技術者に「自分たちも世界を獲れる」という勇気を与え、日本のスタートアップ・エコシステムをさらに豊かにしていくはずです。

(上田敬)

第28話「ディープテックで世界を目指す日本のスタートアップ GRIC2025」

2025年12月25日

日経CNBC「イノベの鍵」をご視聴の皆様、こんにちは。番組コメンテーターの上田です。本日も、日々の取材で体験した「イノベーションの最前線」をお届けします。

今回、ご紹介するのは、11月11日~13日(前半2日はオンライン、最終日は渋谷ヒカリエでのハイブリッド方式)に開催され、スタートアップ業界を大きく沸かせた「GRIC2025(GROWTH INDUSTRY CONFERENCE 2025)」です。番組にも出演いただいた志水雄一郎さんが社長を務めるフォースタートアップスの主催です。

成長産業支援を手掛けるフォースタートアップスが主催する国内最大級のカンファレンス「GRIC」は、今回で6回目を迎えました。今年のテーマは、「日本のスタートアップエコシステムをグローバルへ」でした。登録件数は昨年の記録を塗り替える12,000件超であり、名実ともに日本最大級の規模となりました。

スタートアップイベントの目玉は、なんと言ってもピッチコンテストです。GRICでは「GRIC PITCH」が開催されました。「CLIMATE TECH & RESILIENCE」「FRONTIER TECH」「UPRISING DIGITAL」の3テーマに計18社が登壇し、世界中から集まった120名以上の審査員の前で競い合いました。

栄えある最優秀賞に輝いたのは、UPRISING DIGITAL部門を制したCraif株式会社(東京・新宿)でした。「イノベの鍵」でも取り上げたスタートアップ企業です。尿中のマイクロRNAをAIで解析する「バイオAI」技術により、痛みを伴わず高精度にがんリスクを早期発見します。水沼未雅・最高執行責任者(COO)は「我々はがんと戦うために技術を磨き上げ、これから米国に進出しようとしています。社名のCraifは、日本の象徴である『Crain(鶴)』と『Life(人生)』を掛け合わせたものです。日本発のテクノロジーで世界を変える挑戦を続けていきます」と力強く、受賞にあたって決意を述べました。まさに「日本から世界へ」という今回のテーマを体現する、力強い宣言でした。

部門賞を受賞した企業や、会場のセッションからは「科学技術で世界課題を解決するディープテック」への関心の高まりが如実に感じられました。CLIMATE TECH & RESILIENCE部門賞はLINEAイノベーション(東京・千代田)でした。中性子を出さない「p-11B核融合」という、極めて難易度の高い革新的炉の開発に挑んでいます。野尻悠太CEOは「困難を伴うテーマですが、この受賞を励みに核融合の実現に向けて頑張ります」と、エネルギー問題解決への決意を語りました。

FRONTIER TECH部門賞は東北大学発スタートアップのElevationSpaceでした。2030年のISS(国際宇宙ステーション)退役を見据え、無人衛星で実験・製造を行い、その成果物を「地上へ持ち帰る」プラットフォームを開発しています。小林稜平CEOは「戻ってくる技術は、将来的に国にとって欠かせない基幹インフラになる」と強調しました。

実は、 ElevationSpace には、日経CNBC賞を贈呈させていただきました。これからの発展・成長に期待しています。日経CNBCの番組で今後、取り上げさせていただく予定です。

表彰式の最後に、主催者であるフォースタートアップスの志水雄一郎社長が語った言葉が印象的でした。「GRICは、日本から『次のトヨタ』『次のソニー』をデビューさせるために始めました。文句を言う暇があったら、イノベーションで社会、未来を変える。そんな挑戦に溢れた日本を皆さんと共に作りたい」。志水社長はさらに、インド独立運動の指導者、ガンジーの言葉として、「変えたい未来に自らを変えよ」を挙げ、会場に集まった起業家たちを鼓舞しました。

今回のGRIC2025を通じて感じたのは、日本のスタートアップが「国内での成功」という枠を超え、本気で「グローバル市場での勝利」を見据え始めたという潮目の変化です。Craifの米国進出や、核融合・宇宙といったディープテックのフロンティア領域への挑戦は、その象徴と言えるでしょう。

次回のメルマガ、そして番組放送もお楽しみに。

(上田敬)

第27話「秋のスタートアップイベントシーズン、シンガポール『SWITCH 2025』が開催 世界とアジアを結ぶハブの現在地」

2025年12月23日

「イノベの鍵」メルマガ読者の皆様、こんにちは。

10月から11月にかけての秋の季節は、大規模なカンファレンスが開催される時期でもあります。ヨーロッパでは、ポルトガル・リスボンの「ウェブサミット」やフィンランド・ヘルシンキの「スラッシュ」が大きな注目を集めますが、東南アジアでも熱気あふれるイベントが開催されました。

今回の道中記では、東南アジアにおけるイノベーションの中心地、シンガポールで開催された東南アジア最大級の祭典「SWITCH 2025」の模様をレポートします。

2025年10月29日から31日にかけて、シンガポールのマリーナベイ・サンズを舞台に「Singapore Week of Innovation & Technology(SWITCH)2025」が盛大に開催されました。 SWITCHは、Enterprise Singapore(シンガポール企業庁)が主催する国際的なイノベーションイベントです。今年10回目の開催であり、またシンガポール独立60周年という記念すべき年にあたり、毎年参加している方によると、例年以上の盛り上がりだったようです。

「Powering Innovation, Creating Our Future(イノベーションで未来を創る)」をテーマに掲げた今回は、人工知能(AI)や量子技術、バイオ医療、環境・グリーンテクノロジーといった、世界の未来を左右するディープテック分野に焦点が当てられました。

その規模はアジア最大級で、世界100カ国以上から約25,000人が参加しました。300社を超えるスタートアップ、400社以上の革新的企業、そして30以上のナショナルパビリオンが出展し、会場は活気に満ちていました。会期中は400人以上のスピーカーが登壇し、活発な議論や技術交流が繰り広げられたようです。

このグローバルな舞台で、日本の自治体がブース出展を競いました。

愛知県や名古屋市、浜松市など中部地域6県市は連携して「Central Japanブース」を設け、支援するスタートアップを展示しました。東南アジアでのビジネス展開を強力に後押ししました。また、横浜市や京都市、福岡市もそれぞれの地域の有望なスタートアップの出展をサポートしました。東京都は来年4月に開催するスタートアップイベント「SusHiTech(スシテック)」のプロモーションに取り組みました。日本の各地域がアジアのイノベーションハブであるシンガポールとの連携を深め、海外展開の機会を創出しようとする強い意志が感じられます。

SWITCHの目玉企画の一つが、スタートアップによるピッチコンペティション「SLINGSHOT」です。過去、日本のスタートアップが優勝したこともあります。今年は最終選考に残った60社が、社会にインパクトを与える革新的な技術やビジネスモデルを競い合いました。頂点に立ったのは、英国を拠点とするサイバーセキュリティ企業「Goldilock」でした。同社の技術は、物理的な回路を用いてデータやシステムを必要な時だけネットワークに接続し、不要な時は完全に切断することで、常時接続に伴うサイバー攻撃のリスクを排除できることが評価されたようです。

ディープテック系スタートアップをシンガポールに誘致し、アジアでの成長を後押しする役割を持つSLINGSHOTで英国企業が優勝したことは、シンガポールが目指す「世界と東南アジアを結ぶイノベーションハブ」としての地位を象徴する出来事と言えるでしょう。

記念の年のSWITCHのオープニングスピーチで、ガン・キム・ヨン副首相兼通商産業相は、「シンガポール発のブレークスルーが世界中に有意義な影響をもたらすエコシステムを構築できる」と、強い自信を示したと言います。

量子技術からエージェントAIまで、次世代技術の未来が示された今回のSWITCH。分断化が進む世界情勢の中、国境を越えて技術と人材が集結するシンガポールと、その象徴であるSWITCHの存在意義は、今後ますます高まっていくに違いありません。日本のスタートアップにとっても、この地が東南アジア、そして世界へ羽ばたくための重要なゲートウェイであり続けるでしょう。

(上田敬)

第26話「台北のスタートアップイベント『Meet Taipei 2025』 にじむ日本への期待」

2025年12月19日

日経CNBC「イノベの鍵」メルマガ読者のみなさん、こんにちは。コメンテーターを務める日本経済新聞社の上田敬です。

先日のメルマガでもお伝えしたように、世界各地でスタートアップイベントが開催されています。今回は、2025年11月20日から22日にかけて台湾・台北で開催された、アジア最大級のスタートアップイベント「Meet Taipei 2025」の模様をお届けします。「Dancing with AI(AIと踊る)」をテーマとして掲げていたそうです。Meet Taipei 2025は、「親日的な雰囲気」を強く感じる熱気ある空間だったようです。

国内外から約5万5千人が来場しましたが、台北の花博争艶館(Expo Dome)には、会場の至る所に日本語の案内表示やパンフレットがあったといいます。

台湾のスタートアップ企業にとって、日本は「最も重要なマーケット」であり、「出資元」であり、技術を補完し合う「協業パートナー」なのです。ブースの担当者も日本語で熱心に説明を行う姿が多く見られ、日本企業との連携を本気で模索している様子がひしひしと伝わってきました。

メインイベントであるピッチコンテスト「Neo Star Demo Show」の結果にも表れています。今年のコンテストで、見事優勝(審査員最優秀賞)に輝いたのは、米カリフォルニア発のスタートアップ「Valtec Technology」でした。

Valtec社は、ドローンとAIを活用して魚群の位置を特定する「漁業DX」を手掛けています。CEOのJohn Keh氏は、「日本は最高の海洋機器を作っている」と日本の技術力を高く評価しており、日本の高性能なソナーやレーダーと自社のAIシステムを統合するビジョンを持っているとのことでした。また、実はこの企業、日本の「ドローンファンド」が大口出資者として名を連ねているのです。まさに、日本の資金と技術への信頼が、グローバルなスタートアップの成長を支えている好例と言えるでしょう。

また、日本のスタートアップ支援組織「CIC Japan」から表彰された香港の「R2C2」というスタートアップも興味深い存在です。かつて日本のCEATECでも受賞歴があるとのことで、日本市場との親和性の高さがうかがえます。彼らは、山中やトンネルなど過酷な環境で動くロボットの制御プラットフォームを開発しており、CEOは「将来的には月面での応用も視野に入れている」と語っていたそうです。

CIC Japanはブースも構え、東京と福岡の拠点で支援するスタートアップを出展させました。日本からの出展としては、東北大学や仙台市もブース出展していました。

台湾のスタートアップ支援組織「スタートアップアイランド台湾」の東京ハブも日本から4社のスタートアップを“逆輸入”するような形で出展させていました。東大・松尾研発スタートアップAI企業「Elith」、AIを搭載した自律型ロボット技術CleanRobotics、クリーンロボティクス、国内外販路拡大支援のEifer、日本伝統工芸品を販売するPinXです。

九州大学発のaiESGなど、独自に出展していたスタートアップもありました。

今回、「Meet Taipei」の様子を聞いて強く感じたのは、台湾のエコシステムが日本を単なる「売り込み先」としてではなく、共に世界へ打って出るための「不可欠なパートナー」として見ているという事実です。

日台のスタートアップエコシステムの距離は、思った以上に縮まっています。この「親日・知日」のモメンタムを活かさない手はありません。日台スタートアップの連携が楽しみです。

今後も「イノベの鍵」では、アジアのスタートアップの熱気と日本の可能性について注視してまいります。

(上田敬)

第25話「モビリティの未来は『移動』の外にあり? ジャパンモビリティショーに見る新潮流」

2025年12月5日

いつも日経CNBC「イノベの鍵」をご視聴いただき、誠にありがとうございます。 スタートアップの最前線を追いかけるコラム「スタートアップ道中記」、今回のテーマはジャパンモビリティショーです。

かつてのモーターショーから名称を変えたこの祭典は、自動車の展示会から、私たちの生活に関わるあらゆる「移動」の未来を提示する場へと進化を遂げました。その変革の原動力となっているのが、既成概念にとらわれないアイデアで挑戦を続けるスタートアップの存在です。彼らの出展は、単なる技術の披露に留まらず、モビリティが社会や個人とどう関わっていくべきか、その本質的な意義を問い直す鏡となっています。

ICOMA(東京・大田)は独自ブースを設けて、製品だけでなく、会社のビジョンも提示していました。ロボティクスモビリティ『tatamo!』です。特定小型原付でありながら、その本質は「コミュニケーション」にあります。象徴的な「目」が搭載されたディスプレイは、まるで友人のように表情で語りかけ、折りたたんでリビングに置けば、移動手段から生活に溶け込む「ファニチャー」へと姿を変えます。移動の道具が、私たちの日常に寄り添うパートナーになる未来を予感させました。移動体験そのものの質を高めるアプローチは他にも見られます。

「Startup Future Factory」というスタートアップコーナーも設けられました。LOOVIC(横浜市)の音声ARナビは、スマホ画面に目を落とすことなく、周囲の景色を楽しみながら歩ける「街歩きコンシェルジュ」を提供します。Bashow(東京・中央)のアプリは、移動中にAIが生成した地域のリアルタイム情報を音声で届け、退屈な移動時間を新たな発見の機会に変えてくれます。

徳島大学発スタートアップのTSUNAGI(徳島市)が開発する「空も飛べる自動車」は、通常は電気自動車(EV)として地上を走り、有事の際には飛行モードで道なき道を進みます。災害大国である日本において、そのポテンシャルは計り知れません。また、電動車椅子で知られるWHILL(東京・品川)は、近距離モビリティの技術を応用し、物流や警備ロボットの足回りを支えるプラットフォーム事業を披露しました。これは人手不足という深刻な社会課題に対する、現実的なソリューションです。

ピッチコンテストも実施されました。ミドル/レイター部門では、調達・購買部門向けクラウドサービス「Leaner」を開発・提供するLeaner Technologies(東京・品川)がグランプリを受賞しました。シード/アーリー部門では、パワーウェーブ(愛知県豊橋市)がグランプリでした。停車中のみならず走行中にも給電可能な次世代ワイヤレス給電システムを発表し、電動モビリティが抱えるバッテリー問題の解決に光を当てました。

ジャパンモビリティショーでスタートアップが示した未来像は、単に速く、快適に、遠くへ移動するための技術革新ではありませんでした。彼らが見据えているのは、移動がコミュニケーションやエンターテインメント、社会貢献へと昇華する世界でした。

(上田敬)

第24話「世界最大級のテックイベント『GITEX』で感じたAIの未来」

2025年10月31日

2025年10月にドバイで開催された世界最大級のテックイベント「GITEX GLOBAL 2025」と、併催されたスタートアップ特化型展示会「Expand North Star 2025」を取材しました。日本の読者の方には馴染みが薄いかもしれませんが、かなり大規模なイベントです。規模は米CESや仏ビバテクノロジーを上回るように感じました。テクノロジーやイノベーションの最先端を示す国際的な舞台として注目されており、世界中から6,800社のテック企業、2,000社を超えるスタートアップ、180カ国以上の参加者、1,200人超の投資家が集結しました。

※近日中に、番組の中でも紹介する予定です。

GITEX GLOBALでは、AIロボットや空飛ぶクルマが注目を集めていました。量子コンピューティングやデータインフラ、サイバーセキュリティ、デジタルヘルス、バイオテクノロジーといった多彩な分野がクロスオーバーされた展示とカンファレンスが展開されました。大手テック企業としてはアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、グーグル、マイクロソフト、IBMなどが出展していました。中東諸国や中国、ロシア、アフリカなど、米国の展示会ではあまり見かけない国々の企業の展示を見ることもできました。ファーウェイやアリババクラウドなどの中国系のブースも目立ちました。中国からは約300社が参加したそうです。

アブダビやドバイなどアラブ首長国連邦を構成する各国が競うように展示するホールは、まさに「未来都市」の様相でした。最新のスマートシティ技術や自律モビリティ、没入型デモ、特大LEDパネルを駆使した巨大なパビリオンが並びました。AIが単一技術から国家戦略の中核に位置付けられていることが今年の大きなトレンドであり、AIによるデジタルトランスフォーメーション(DX)が政府運営や都市管理にも広がっていくことが説明されていました。AIを搭載した警察車両やロボット犬なども展示されていました。

OpenAIの最高経営責任者(CEO)であるサム・アルトマン氏と、UAEのAI企業、G42グループのCEO、ペン・シャオ氏による対談「AIネイティブ社会の設計」は、AIによる経済や社会の包括的変革を見据えたグローバルビジョンを示しました。アルトマン氏は「AIは社会を再構築する基盤技術だ」と強調しました。ペン氏は「G42はUAEの方針に沿って、事業展開している。持続可能で公正なAI経済を実現する」と指摘しました。

一方、Expand North Starはスタートアップに特化し、ドバイ・ハーバーで10月12日から15日まで開催されました。世界100カ国以上から2,000社を超えるスタートアップが集まり、特に成長段階やレイターステージの企業が多く、約1兆1,000億ドル相当の資産を運用する投資家1,200名以上との商談が行われました。日本からもジェトロが、Web3.0とAI関連の10社をブースで紹介し、中東市場に合わせた技術とビジネスモデルを積極的にアピールしていました。パレスチナのスタートアップが参加していたことも印象的でした。

「Expand North Star」では、ピッチコンテスト「Supernova Challenge 2.0」が開催されました。優勝したのも、生成AIの安全性と信頼性の向上に取り組むスタートアップでした。韓国のAIM Intelligenceは、アンソロピックやメタなどのAI領域の有力企業と連携しており、フィジカルAI分野にも注力しているといいます。

今回取材を通じて感じたのは、技術の進化はもはや単独の新製品開発だけでなく、国家と地域の競争力向上や社会課題の解決を目指した包括的な戦略と結びついているということです。GITEX GLOBALはその最先端を示す世界屈指のプラットフォームとして、イノベーションとスタートアップの未来を切り拓く重要な役割を担っています。

GITEX GLOBALとExpand North Starは単なる展示会を超え、世界のテクノロジー動向や資金調達の最前線を見通せる重要な交差点となっています。GITEXは、ドバイ以外にも世界10カ国以上で開催しています。今回の期間中にも新たに、2027年にブラジルで開催することを発表しました。他拠点開催という戦略も珍しいものです。CESやビバテクノロジーなどと並び、今後も注視したいイベントです。

(上田敬)

第23話「生成AIサミット『GenAI/SUM』を終えて」

2025年10月23日

2025年10月6日から8日にかけて、日本経済新聞社主催で生成AIサミット「GenAI/SUM」を開催しました。私もコ・ファウンダー兼オーガナイザーの一人として、今回3つのセッションの企画、キャスティング、司会を務めました。このカンファレンスは生成AIをテーマにしたもので、政治家や官僚、企業関係者に加え、日本のスタートアップやテクノロジー界隈における深い議論と活発な交流の場となりました。今回は、タレントの村上信五さんとそのAIアバターである「AIシンゴ」さんにご出演いただいたセッションも企画させていただきました。

この生成AIサミットは、通称「サムシリーズ」と呼ぶイベント群の一環で、今回が2回目の開催となります。サムシリーズの歴史は2016年に遡り、その始まりは日本経済新聞社が国際的なスタートアップイベント「パイオニアーズフェスティバル」(当時ウィーンで開催)とジョイントベンチャーを組んで日本で開催した「パイオニアーズアジア」です。パイオニアーズフェスティバルの会場が、ウィーンにあるハプスブルク家の王宮だったこともあり、東京でも日本らしい会場ということで、大久保彦左衛門の屋敷に始まる四百年の歴史と美しい日本庭園を持つ八芳園に決まりました。

英語を基本言語としたグローバル志向のイベントを多国籍メンバーが運営しました。ドイツ人やクロアチア人、オーストリア人、オーストラリア人らが参加しました。手前味噌ですが、日本のスタートアップシーンに新しい空気をもたらした点は特筆に値します。当時参加された方からはいまだに、「あのイベントが日本で最高のスタートアップイベントだった」との声を寄せられることがあります。

パイオニアーズアジアに続き、2026年秋に、当時急成長していたフィンテックにスポットを当てた、フィンテックサミット「FIN/SUM(フィンサム)」が金融庁との共催でスタートしました。日本のフィンテック業界の最前線を映し出す重要な場となっており、麻生副総理や黒田日銀総裁など錚々たるメンバーが登壇するなど、経済・社会的インパクトも極めて大きいイベントとなりました。フィンサムは来年10周年となります。

サムシリーズはその後、アグリテックやモビリティ、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、各分野の最新テーマを扱いながら、国内外のスタートアップや投資家、政策決定者を繋ぐハブの役割を果たしています。これにより、日本におけるイノベーション促進の一翼を担うとともに、世界のトレンドと地続きの議論を醸成してきました。

世界を見渡すと、同時期に、新しいスタートアップカンファレンスや展示会が生まれました。ヨーロッパでは、パリのビバテクノロジーが同じ2016年に初開催しています。ウェブサミットは2010年にアイルランド・ダブリンで初開催されましたが、2016年に現在のポルトガル・リスボンに引っ越してから、さらに飛躍しました。世界最大級のテクノロジー展示会CESの中に、スタートアップ向けの会場「エウレカパーク」が設けられたのは2015年1月でした。

この10年、日本国内でもスタートアップへの関心が急速に高まり、行政や金融機関、メディア、教育機関までが連携し、スタートアップ支援が社会的なムーブメントとなっています。ただ、テクノロジーやスタートアップを横断的に理解する場はまだ限定的であり、「サムシリーズ」のように多様な層を巻き込み、テーマごとの深掘りを行うイベントの意義は大きいと考えています。

サムシリーズのフラッグシップイベント「FIN/SUM」は来年、10回目を迎えます。世界のスタートアップイベントの潮流を取り入れつつ、日本の社会・政策環境に即した形でフィンテック領域のエコシステムのプラットフォームとして今後ますます盛大なイベントに育つことを目指しています。そのためには、みなさまのご協力が欠かせません。今後ともよろしくお願いいたします。

生成AIサミット「GenAI/SUM」の一部セッションは下記のサイトから、無料登録することでご視聴いただけます。

https://eventregist.com/e/genai2025

(上田敬)

第22話「ウーブンシティ トヨタ『未来都市』が映す日本の針路」

2025年10月16日

9月25日、ついにその「未来都市」、ウーブンシティが静岡県裾野市で開業しました。

2020年1月、ラスベガスのCES会場で私は印象的な記者会見を取材しました。トヨタ自動車の豊田章男社長(現会長)が語った15分ほどの会見は、用意された時間の半分にも満たない短いものでしたが、その言葉には強い決意が込められていました。「街を丸ごとつくります」――自動車メーカーのトップから発せられた「ウーブンシティ」開発の宣言は、会場の記者たちも高揚させていたように見えました。

それから4年半。2024年のパリ・ビバテクノロジーで、私は再び、ウーブンシティを取材する機会を得ました。映像などで、水面下で進行していた巨大プロジェクトの具体的な姿を確認できました。モビリティ関連の展示会場の一角には「インベンター」を募るブースが設けられ、世界中の技術者やスタートアップが関心を示していました。

そして2025年9月25日、ついにその「未来都市」が静岡県裾野市で開業しました。旧東富士工場の跡地に誕生したウーブンシティは、単なる実証実験場を超えた取り組みです。ここに住む約300人の「ウィーバーズ(織り手)」たちは、日常生活の中で未来技術を試し、フィードバックを提供します。

この都市の設計思想は興味深いものです。地上の道路は三種類に分けられた構造となっており、自動運転車専用道と歩行者・自転車道、パーソナルモビリティ用の道が分離されています。これは安全性の確保だけでなく、各種移動手段が混在する現実社会への応用を見据えた実験設計といえます。隈研吾氏が手がけた建築群は日本の伝統美と最先端技術を融合させ、太陽光発電による地産地消のエネルギーシステムが街全体を支えています。

注目すべきは、この街に集う人々の多様性です。エンジニアや研究者に加えて、シンガーソングライターのナオト・インティライミ氏のような異分野の創造者も参加しています。技術に人間的な視点を加える、この配合がトヨタの狙いなのでしょう。

今回の開業イベントでは、豊田章男会長と息子の大輔氏が親子で参加する姿が印象的でした。ウーブン・バイ・トヨタでプロジェクトを指揮する大輔氏の存在は、この未来都市構想が単なる実験ではなく、次世代への確かなバトンタッチを意識した長期戦略であることを物語っています。賛否はあるのでしょうが、親子二代にわたる関与は、プロジェクトの継続性と本気度を示すものといえるでしょう。

ウーブンシティの価値は、その先にあります。政府のSociety 5.0構想やカーボンニュートラル戦略と連動したこの取り組みは、日本のスマートシティ開発における先導的な役割を担います。ここで得られる知見は、将来的に他都市や海外への展開も視野に入れています。2026年度からのビジター受け入れ検討も、その準備といえます。

もちろん課題もあります。大規模な投資を要するこのプロジェクトから、持続可能なビジネスモデルをいかに構築するか。実験都市の成果を一般社会にどう普及させるかが問われます。

豊田章男会長の「ウーブン・シティは未完成の都市」という表現は示唆的です。完成形を目指すのではなく、絶えず進化し続ける有機体として街を捉える発想は、トヨタを象徴する「カイゼン」の精神を反映しています。

振り返ると、あのラスベガスでの短い記者会見は、日本の製造業が迫られている根本的な変革への序章だったのかもしれません。自動車という「モノ」から、暮らし全体を支える「コト」へ。ハードウェア中心からソフトウエア重視へ。ウーブンシティは、日本の産業界が抱えるデジタルトランスフォーメーションの縮図でもあります。この実験が成功すれば、「ものづくり大国」日本の新たな成長モデルとなり得ます。

トヨタは近く、ウーブンシティというテストコースをフィールドにして、アクセラレータープログラム「Toyota Woven City Challenge (トヨタ・ウーブンシティ・チャレンジ)」を開催します。第1回のサブタイトルは「Hack the Mobility」。「Woven Cityを活用して、Woven Cityだからこそ出来る実証実験やカケザン(コラボレーション)のアイデアを、世界中のインベンターズから募集」すると言います。

10月2日に東京で開催された説明会に参加しました。会場では立ち見でも収まりきらないほどで、参加者があふれていました。自分自身も参加したいような興奮を覚えました。

ラスベガスで蒔かれた種が、今、富士山麓で芽吹きました。その成長の行方は、日本の産業の未来を占う重要な試金石となるでしょう。世界が注目するこの「未来への実験」から、どのようなイノベーションが生まれるか。答えは、これから紡がれる物語の中にあります。

(上田敬)

第21話「シナモンロールの香り 東京ゲームショウで感じるエコシステムの強さ」

2025年10月9日

スタートアップに関して、海外から有力な起業家や投資家を呼び込み、日本、東京で、国際的なビジネスハブを形成する試みが始まっています。それを先んじて実現しているのが、ゲーム業界です。

9月下旬、秋の気配が深まる中で開催中の「東京ゲームショウ 2025」(TGS)。今年の出展社数は1138社と過去最多を更新し、驚くべきことに、その半数を超える615社が海外からだといいます。単なる製品見本市ではなく、世界中のゲーム関係者が目指す「聖地」としての磁力を、TGSは持っています。

TGSの誘引力は、幕張メッセの喧騒を離れた都心でも感じることができました。先日、ご招待いただき、有楽町にある東京都のスタートアップ支援拠点「Tokyo Innovation Base(TIB、東京イノベーションベース)」を訪れました。TGSに合わせて来日したスウェーデンのインディーゲームなどスタートアップを中心とする訪問団が主催した「ピッチ・アンド・フィーカ」なるイベントです。

会場に足を踏み入れると、シナモンロールの甘いスパイスの香りがふわりと鼻をくすぐりました。「フィーカ(Fika)」とは、スウェーデン語でコーヒーブレイクを意味する言葉ですが、単なる休憩ではありません。同僚や友人と仕事の手を休め、お茶を飲みながら語らうことで、コミュニケーションを深め、新たなアイデアを生み出す大切な文化です。

テーブルには、主催者が「IKEAで調達してきました」と笑いながら教えてくれたシナモンロールが山と積まれ、コーヒーや、日本を意識してか抹茶ラテも用意されていた。数社のスウェーデン企業が自社のゲームや技術を熱心にピッチした後はフィーカの時間となり、会場は一気に和やかなネットワーキングの場へと姿を変えました。スタートアップの熱気と、北欧らしいリラックスした空気が心地よく共存していました。

人いきれのなかで、見知った顔を見つけました。スウェーデン南部の都市マルメに拠点を置く日本人女性、ブロムベリひろみさんです。マルメと日本を結ぶブリッジ役として活躍されています。

「今年もにぎわっていますね」。そう声をかけると、彼女は、「スウェーデンは世界有数のゲーム開発大国ですが、彼らにとっても日本は特別な場所。自分たちのクリエイティビティを日本で試したいという気持ちが強いのです」。

TGSは無形の価値を持っています。それは市場規模という数字だけでは測れない、文化的な引力です。世界中のクリエイターが、日本のゲームから受けた原体験やインスピレーションを胸に、リスペクトと挑戦心を抱いてこの地を目指します。

面白いことに、私たちが話している会場のすぐ隣の区画では、チェコ共和国の訪問団が同じくTGSに合わせてセミナーを開催していました。スタートアップの結節点となることを目指して開設されたTIBらしい景色です。一つの展示会を目指して、欧州の異なる国々が、すぐ隣で、しかしそれぞれ独自の方法で日本のエコシステムに接続しようと試みているわけです。この光景こそ、ゲーム業界における日本のスタートアップエコシステムの求心力を何よりも雄弁に物語っています。

(上田敬)

第20話「大阪が示した新たな可能性 イノベーションウィークを振り返る」

2025年9月30日

「イノ・キー通信」の読者のみなさん、こんにちは。

先週の大阪では、普段の賑わいに加え、新しいビジネスや技術の創出に向けた静かな、 しかし確かな活気が感じられました。 イノベーションやスタートアップに関する数多くのイベントが開催され、 大阪が日本有数のスタートアップエコシステムとして着実に成長していることを示す一週間となりました。

まず注目されたのは、大阪・関西万博の会場で開催された「Global Startup EXPO」です。 初開催となるこのイベントでは、特に「ディープテック」と呼ばれる、 社会の根源的な課題解決に繋がる高度な科学技術を持つ国内外のスタートアップが集まりました。 会場には石破首相も姿を見せ、政府としてもこの領域を先導する姿勢がうかがえました。 今後番組「イノベの鍵」でも取り上げる予定です。

気候変動や医療といったグローバルな課題に対し、革新的な技術で向き合う起業家たちのプレゼンテーションは、 未来への具体的なアプローチを示すものでした。世界中から集まった投資家や企業関係者が熱心に耳を傾けていました。

大阪の中心地・梅田に目を転じましょう。梅田では「梅田イノベーションウィーク」が開催されていました。

長年、大阪のスタートアップコミュニティで親しまれてきた「Hack Osaka(ハック大阪)」が発展した形で新設された 「Tech Osaka Summit」や、世界的に知られるブロックチェーンカンファレンス「EDCON 2025」が開催され、 多くの参加者を集めました。EDOCONではイーサリアムの開発者であるヴィタリック・ブテリン氏ら専門家が登壇し、 ブロックチェーン技術がもたらす社会変革の可能性について深い洞察を共有しました。 こうした場は、技術の最前線に触れる貴重な機会となりました。

一連のイベントで印象的なのは、単発の催しに留まらず、才能を発掘し、継続的に支援するための仕組みである、 エコシステムが着実に機能している点です。

例えば、関西のプレシード・シード期のスタートアップを支援する「起動(KIDOU)」は、 初のグローバルカンファレンスを開催し、起業家が英語で事業構想を発表する場を提供しました。 また、東京の定例ピッチイベント「モーニングピッチ」が大阪で特別開催されるなど、地域を越えた連携も見られました。

さらに、大学の研究シーズと経営人材をつなぐ「関西スタートアップアカデミア・コアリション(KSAC)」はデモデーを実施。 学術的な知見を事業化へと導く、産学連携の具体的な取り組みが進められています。 夜間には「Global AI Startup Night」のようなネットワーキングイベントも行われました。 AI分野のトップ企業であるNVIDIAと大阪産業局が協力し、参加者間の情報交換や協業の機会を創出していました。

それぞれのイベントが個別に開催されているだけでなく、連携も進みました。 参加者が相互に往来することで、知見の共有と重層的なネットワークが生まれ、 大きな一つのコミュニティを形成しているように感じられました。 万博を核に、国内外の知見や人材が大阪に集まり、相互に作用し合うことで、 新たな価値創造の土壌が育まれていると言えるでしょう。

この一週間は、大阪がイベントの「開催地」であるだけでなく、イノベーションを生み出す重要な「結節点」としての 役割を担いつつあることを明確に示していました。この動きを一過性に終わらせず、成果が生み出されることを期待したいと思います。

この「スタートアップ道中記」は、こうした地道な歩みを記録する旅でもあります。大阪の今後の動向に、 引き続き注目していきたいと思います。

(上田敬)

第19話「世界陸上を見ながら考えたスポーツテック革命 プロチームが牽引」

2025年9月24日

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。

東京で34年ぶりとなる世界陸上が開幕しました。幸先良く、13日に行われた男子35キロ競歩で、 勝木隼人選手が銅メダルを獲得しました。今後も選手の活躍に期待したいところです。

さて、スポーツの世界でも、テクノロジーの利用やイノベーションが活発になっています。「スポーツテック」などと称されます。 世界陸上期間中の9月19日に、いまや、東京のスタートアップの中心地となった「Tokyo Innovation Base(TIB)」で開催されるカンファレンス 「TIB Global Day 2025 Autumn」も、スポーツテックにフォーカスし、スポーツ領域のスタートアップやアクセラレーションプログラム関係者が登壇します。

近年、大企業がスタートアップと協業するオープンイノベーションが活発ですが、プロスポーツチームも実践しています。 以前は用具メーカーや関連機器メーカーがイノベーションの主役でしたが、プロスポーツチーム自らがスタートアップ企業との協業を通じて、 スポーツ産業全体の変革を牽引する時代が到来したのです。

実は今、UEFAチャンピオンズリーグで最多優勝回数15回を誇るスペインのレアル・マドリードが展開する アジア向けアクセラレーションプログラムの第2期選考が実施されています。

第1期では、日本のスポーツテック・スタートアップ、AMATELUS(東京・渋谷)が選ばれました。 アジア全域から応募した823社の中から採択7社に日本からは唯一選ばれたのです。 AMATELUSが開発・提供する技術は、スポーツ観戦体験を根本から変革する可能性を秘めています。 視聴者は、複数台のカメラで撮影された映像を、スワイプ操作だけで自由に視点切り替えしながら視聴できます。

レアルと同じ、リーガエスパニョーラの名門、FCバルセロナは、Barça Innovation Hub(バルサ・イノベーション・ハブ)を運営しています。 コーチングやビジネスに加え、ITやヘルスケア、ウェルネスなど多岐にわたる分野で、技術開発を進めています。 以前、責任者が来日した際、スポーツ業界全体の知識基盤を底上げし、イノベーションを支える人材育成に取り組むという趣旨の発言をしていたことが印象的でした。

大谷翔平選手が移籍・加入したことで注目度がさらに高まっている、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースも2015年、 スタートアップとのアクセラレータープログラムを開始しました。選手のパフォーマンス向上からファン体験の革新まで、幅広い分野が対象でした。

米国では2021年、バスケットボールのNBAローンチパッド、2024年1月にはサッカーのMLSイノベーションラボも始まっています。

日本でもプロ野球のディーエヌエーが、2017年にアクセラレータープログラムを実施しました。 スポーツ庁も取り組みましたし、ベンチャーキャピタルのスクラムベンチャーズグループもプログラムを主催しています。

スポーツテック革命はまだ始まったばかりです。AI技術のさらなる進歩により、選手個人に最適化されたトレーニングメニューの自動生成や、 怪我のリスクを事前に予測する予防医学的アプローチが実現される日も近いでしょう。5G通信の普及により、 競技会場にいる観客がリアルタイムで多角的な映像や詳細なデータを楽しめるようになるでしょう。 技術革新とスポーツの融合は、人類の身体的・精神的可能性の限界に挑戦すると同時に、スポーツが本来持っている感動や興奮を最大化し、 より多くの人々にその価値を届ける力を持っています。

(上田敬)

第18話「万博で出会った「伝統」という名のイノベーション 先住民起業家の可能性」

2025年9月19日

「スタートアップ道中記」をお読みいただいているみなさま、いつもありがとうございます。今回は2度目の万博の話題となります。

大阪・関西万博のオーストラリアパビリオンで、私は予想もしなかった出会いを体験しました。それは、長い歴史を持つ先住民の知恵に基づいた起業家精神との遭遇でした。

万博では、期間中に8つのテーマウィークが設定されています。そのうちの一つ、「平和と人権」のプログラムの一つとして、オーストラリアパビリオンでは、 オーストラリアの先住民起業家によるセミナーが開催されました。彼らのピッチには、シリコンバレーの起業家が決して持ち得ない「武器」がありました。 それは、長年にわたって蓄積された伝統知識です。

テクノロジー、ファッション、観光、エネルギー分野から集まった先住民起業家たちが紹介したのは、単なる新奇なビジネスモデルではありません。 例えば、先住民の植物知識を活用した持続可能な素材開発、伝統的な土地管理法を応用した環境テックソリューション、 そして古来の物語を現代のVR技術と融合させた文化体験サービスなど、まさに「温故知新」を地で行く革新的な事業ばかりでした。

一連のセミナーや展示では「既存のシステムから排除されてきた人々の潜在能力をいかに開花させるか」という社会課題に挑む様子がよくわかりました。 オーストラリアの先住民コミュニティは長年、経済活動の主流から疎外されてきました。興味深いことに近年、その「アウトサイダー」としての視点こそが、 従来の枠組みでは生まれ得ない革新を生み出す源泉として注目され始めています。

先住民起業家の伝統知識は、気候変動やサステナビリティといった現代の喫緊の課題に対する解決策を提供しています。 「マイノリティ」から「イノベーションの担い手」への転換を果たしているのです。

オーストラリアは、先住民起業家を支援するための仕組みや組織を整えています。 万博会場で、そうした組織の一つ、サプライ・ネーションの関係者にお会いしました。 「先住民の知識は、伝統文化にとどまらず、長年にわたる持続可能な生活の実践を踏まえたものです」という説明を受けました。

スタートアップが新しいテクノロジーやサービスを社会実装するためには、本格開始に先立って、「実地テスト」プルーフ・オブ・コンセプト(POC)を実施します。 長年にわたって、先住民社会で実施されてきた技術は、究極のPOCを終えているとも言えます。コンピューターの中で議論されたものでなく、 リアルな課題と向き合う中で培われた実践知がイノベーションの源泉となっているのです。

万博会場で先住民起業家の発表や展示をみて、私は一つの確信を得ました。 先住民起業家支援は、「多様性推進」という美しいスローガンの範疇を超え、経済合理性に基づく「必然性」も示唆しています。

気候変動、超高齢社会、資源枯渇といった現代の課題群は、従来の思考パラダイムでは解決できない複雑さを持っています。 だからこそ、異なる視点、異なる知識体系、異なる価値観を持つプレイヤーが必要不可欠なのです。

万博という舞台で繰り広げられた先住民起業家たちの熱気ある議論を見て、私は思い至りました。 イノベーションの未来は、「伝統」と「革新」、「マジョリティ」と「マイノリティ」、「男性」と「女性」といった二項対立を超えた先にあります。 そこでは、多様性こそが競争優位の源泉となり、包摂性こそが成長エンジンとなるのではないでしょうか。

万博で垣間見た先住民起業家の潜在的可能性を、日本のスタートアップエコシステムにどう活かすか。これもまた、「イノベの鍵」の一つなのかもしれません。

(上田敬)

第17話「Web3、熱狂の夏 金融・産業は新たなステージに進むのか」

2025年9月16日

「イノベの鍵」メールマガジン読者のみなさん、こんにちは。

先々週から先週にかけて、スタートアップやイノベーションの界隈は、暗号資産やクリプト、ブロックチェーン、それらを総称するWeb3の話題やニュースで大いに盛り上がりました。

口火を切ったのは暗号資産スタートアップのJPYC(東京・千代田)が、日本初の「円建てステーブルコイン」発行事業者として正式に金融庁の資金移動業者登録を受けたニュースです。 日本経済新聞は正式発表の前日17日に先取りする形で報道し始め、地上波テレビのニュースでもNHKなどで取り上げられました。 代表取締役の岡部典孝氏は、一躍、暗号資産業界で最も一般に知られる人になったかもしれません。今秋には約1兆円規模を目標に本格発行がスタートする予定です。 国内外送金の高速化や低コスト化に加え、スマートコントラクト対応を備え、金融サービスのプログラマブルマネー化に寄与することが期待されています。

8月22日には大阪市で、WebX Fintech EXPOが開催されました。ブロックチェーンや暗号資産の技術の金融分野への実装やイノベーションについて議論しました。 主役はSBIホールディングス会長兼社長の北尾吉孝氏でした。

北尾氏は、次世代金融の包括的なビジョンと大阪をアジアの金融ハブにする構想について語りました。 Web3を活用することで「第二次経済民主化」を実現すると表明しました。米ドルのステーブルコインである「RLUSD」の取り扱い開始や三井住友銀行との協業強化を紹介し、 大阪がトークン化やステーブルコインを柱に国際金融都市として成長する重要性を強調しました。大阪府知事の吉村洋文氏との対談では、 大阪がかつて江戸時代に米の先物取引で先駆的金融都市であった歴史を引き合いに、堂島取引所の米穀指数先物の再始動や大阪取引所の暗号資産デリバティブ取り扱い検討など、 最先端金融への取り組みの重要性が語られました。

23日には「ジャパン・ブロックチェーン・ウィーク・サミットAIエディション」が開かれました。世界最大の暗号資産取引所バイナンスの創業者兼CEO、 チャンポン・ジャオ氏やイントマックスの藤本真衣氏ら著名人が登壇しました。8月22日から9月半ばまで、 多彩なイベントを開催する「Japan Blockchain Week 2025」のフラッグシップイベントであり、オープニングイベントでもあります。 AIとブロックチェーンの融合、ステーブルコイン、新規Web3サービスの発表などが目白押しです。

25日には、WebXの中核イベント「WebX 2025」が2日間の日程で開幕しました。アジア最大規模のグローバルカンファレンスです。 石破茂内閣総理大臣が開幕の挨拶に立ち、武藤容治・経済産業大臣と加藤勝信・財務大臣も相次いで登壇しました。 石破首相は、Web3やAIについて、「未来の歴史書は2020年代を新たな産業革命の出発点として記録するでしょう」と高く評価しました。 地元島根県の海士町が地方創生でWeb3を活用していることにも言及しました。北尾氏や実業家の堀江貴文氏、海外のWeb3の著名プロジェクトの関係者らも登壇しました。 26日までの期間中、ユニーク来場者数が14,000人以上、スポンサー企業165社、参加企業2600社以上、登壇者270人以上、サイドイベント170以上、 メディアパートナー50媒体以上が92カ国から集まりました。日本のビジネスカンファレンス全体で見ても有数の規模です。

27日には、「Blockchain Leaders Summit Tokyo 2025」が開催されました。ベンチャーキャピタルのB Dash Venturesと韓国のHashedが招待者のみ参加できる方式で実施しました。 暗号資産関連の規制、インフラ構築、国際協調について議論しました。アブダビのHub71がスポンサーとなり、今後、日本とUAEのエコシステムの橋渡し的役割も期待されます。

堅い話題が続きましたが、微笑ましくも嬉しい出来事もありました。日本初のブロックチェーン結婚式(クリプトウェディング)がWebX2025内で開催されたことです。 新郎新婦の永遠の愛のことばをビットコインのブロックチェーンに刻みました。改ざん不能の愛の誓いです。関係者の記憶に残ることでしょう。ケーキ入刀は、クリプト界隈の伝統にならって、 ピザを使ったケーキが使われました。

2025年8月の日本のブロックチェーン・クリプト関連イベント群は、単なるテクノロジーショーに留まらず、政策・事業・国際協力を絡めた多層的な産業変革の転換点を示しました。 クリプトウェディングは、ブロックチェーンが生活の中に溶け込みはじめ、新時代が始まったことを象徴しているのかもしれません。 日本のブロックチェーン関連産業は新たな段階へと進み始めています。

(上田敬)

第16話「TICADで知ったアフリカスタートアップの急成長 日本とのパートナーシップも進展」

2025年8月29日

メルマガ読者の皆さん、こんにちは。まだまだ暑いですね。いかがお過ごしですか?

先週、横浜で第9回アフリカ開発会議(TICAD)が開催されました。30年前の開始当初は、日本がアフリカ諸国を援助・支援するという構図でした。 今は違います。アフリカの国々は日本のパートナーです。そう感じさせる一つの要因は、アフリカ各国のスタートアップの存在感が増していることです。 6年前に日本で開催された第7回と比べても、段違いです。

アフリカでは社会インフラが未整備な新興国において、欧米などの先進国が経験したような段階的な技術発展のプロセスを飛び越えて、 モバイル送金やドローンによる医療物資輸送、キャッシュレス決済などの最先端の技術やサービスが一気に普及・浸透していきます。 カエルがジャンプして一足飛びに進む様子になぞらえ、「リープフロッグ」現象と呼ばれます。アフリカで現地取材したわけではありませんが、 今回のTICADでは、それを感じました。

会場では、いくつかのスタートアップの講演を聞き、展示を拝見しました。特に印象的だったのは、 国際協力機構(JICA)主催のカンファレンスに登壇していた南アフリカの女性起業家、Pelonomi Moiloa(ペロノミ・モイロア)氏が経営するLelapa AI(レラパ・エーアイ)です。 同社の事業は、アフリカで使われている多種多様な言語を人工知能(AI)に理解させるという革新的な試みです。 現状のAIは英語情報を学ぶことが中心で、アフリカ関連の情報のインプットは遅れています。

アフリカには54カ国ありますが、言語の種類はそれよりもはるかに多いそうです。2000種類以上あるといいます。 このプロジェクトは、言語の壁をなくすことで、アフリカにいる約15億人が相互に意思を疎通できるようになり、紛争を減らし、平和な関係性に近づくという大きな期待を背負っています。

日本からアフリカの課題に挑むスタートアップも目立っていました。 彼らが取り組むのは、健康や教育といった、平和の礎となる分野のビジネスです。例えば、キャスタリア(東京・港)は、 モバイルラーニングプラットフォームを開発・提供しています。そのグループ会社であるAfrican Mothers(アフリカン・マザーズ、同)は、アフリカで、 母子保健のためのスマートフォンアプリ「Taarifa za Mama(ターリファ・ザ・ママ、スワヒリ語で“ママの記録”)」の開発・展開を進めています。

SORA Technology(ソラテクノロジー、名古屋市)はアフリカで、ドローンとAIを活用したマラリア対策事業と、農業効率化事業を展開しています。 マラリア対策では、ドローンで撮影した水たまりをAIが分析し、ボウフラ(蚊の幼虫)の発生リスクが高い場所を特定して、効率的に殺虫剤を散布することを支援しています。 農業分野では、ドローンによる植生・土壌解析技術を活用し、作物の水管理や排水、生育管理を支援しています。

アフリカでスタートアップ投資に取り組む日系のコンサルティング会社やベンチャーキャピタルは、TICADのタイミングに合わせ、 現地アフリカのスタートアップを引率してサイドイベントを開催しました。AAICやマネックスベンチャーズ、アンカバードファンドなどです。

アンカバードファンドが投資する、ケニアのモビリティスタートアップ、ARC Rideは、日本の武蔵精密工業と連携して、 交換式バッテリーを使った電動バイクのシェアリングに取り組んでいます。交通手段が十分に整備されていない地域を中心に、 再生可能エネルギーから充電するバッテリーの交換ステーションを設置することで、現地のインフラ課題を解決しようとしています。 石破首相も今回のTICADに関連して、この電動バイク事業に言及し、「アフリカが直面する様々な課題に対して、日本が一緒になって解決することを通じて、 お互いに成長を実現することを目指す」と語りました。

これまでの日本とアフリカの関係は、援助する側とされる側という構図でしたが、現地のスタートアップの活躍により、 対等なパートナーとして共に成長していく関係に変わりつつあります。

「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」。アル・ゴア元米副大統領がノーベル平和賞授賞式典の演説で、 アフリカのことわざとして紹介したことで知られるようになった言葉です。一人で進むよりも、みんなで協力して進む方がより遠くまで行けるという意味だそうです。

まさに今回のTICADでは、このことわざのように、日本とアフリカの新しいパートナーシップの時代が、スタートアップを通じて、訪れていることを感じました。

***

ちなみに、「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」という言葉は、日本の岸田首相やビル・ゲイツなど、多くの人が引用しているようです。 その一方で、本当にアフリカのことわざなのかという議論もあるようです。Lelapa AIの事業が進めば、このことわざがどの国の、 あるいはどの民族のことわざなのかがよりはっきりしてくるでしょう。アフリカのほかのことわざや生活の知恵など、アフリカの民族的叡智を我々が知ることもできそうです。

(上田敬)

第15話「甲子園のピッチに負けないスタートアップのピッチ」

2025年8月21日

猛暑の中、甲子園では高校球児たちの熱い夏が最高潮に達しようとしています。 23日はいよいよ決勝戦。マウンド上のピッチャーが放つ一球一球に、球児たちの夢と情熱が込められています。 あのマウンドから放たれる”PITCH(ピッチ)”には、観る者の心を揺さぶる力があります。

ビジネスの世界にも、未来を切り拓く”PITCH”があります。「PITCH」の意味は、文脈によって異なりますが、 「投げる」のほかに「売り込む」などの意味もあります。ビジネスシーンでは、特に「プレゼンテーション」や「提案」の意味で使われることが多いようです。 自らのビジネスアイデアを簡潔に、そして情熱的に伝えるスタートアップのピッチコンテスト。 マウンドとは違えど、ステージに立ち、審査員と観客の前で行う”PITCH”には、甲子園のピッチャーと同じく、すべてを賭けた熱量と未来への可能性が詰まっています。

野球のピッチとスタートアップのピッチを融合するかのようなイベントが昨年、開催されました。 北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールドHOKKAIDO」で、スタートアップのピッチコンテストが行われ、私も観戦しました。 主催者の発表では、野球場でのピッチコンテストは日本初とのことでした。私も聞いたことはありません。マウンドやバッターボックスで、というわけではなく、 スタジアム内のイベントスペースでの開催でしたが、野球の9イニングの表・裏になぞらえて、18人のピッチャー(ピッチする人)が登壇する趣向でした。 北海道発の国際的なスタートアップ・カンファレンス「Hokkaido Innovation Week」の中での企画でした。

スポーツにはもうひとつ「PITCH」があります。サッカーの競技場も「PITCH」と呼ばれます。 クリケットに由来する言葉で、4つのコーナーフラッグで囲まれた部分を指すそうです。 サッカースタジアムでのピッチコンテストについては存じ上げませんが、知っている方がいらっしゃったら教えてください。 日本経済新聞社は、サッカースタジアム「エディオンピースウイング広島」内の会議室で、ピッチコンテストの説明会を開催したことがあります。

さて、手前味噌ですが、日本経済新聞社が現在、エントリー募集中のピッチコンテストを紹介させてください。私も関わっています。 スタートアップの方はぜひお申し込みください。投資先やお知り合いの申し込みサイトは下記をご覧ください。 イベントを知った経緯の設問には「『イノベの道』のメルマガで知った」とお書きください。

◇生成AIサミット

(エントリー締め切り8月24日午後5時)

「GenAI/SUM」内で実施するAI領域のピッチコンテスト

※申し込みは締め切っております

●イベント公式サイト



インパクトピッチ募集概要

◇NIKKEI THE PITCH GROWTH 2025-2026

(エントリー締め切り9月5日)

全国のスタートアップ・アトツギベンチャーを対象にしたピッチコンテストの全国大会。全国7ブロックでの予選大会⇒決勝大会の流れで、 みなさまの事業をPR頂きます。

イベント公式サイト

◇NIKKEI THE PITCH SOCIAL 2025-2026

ソーシャルビジネスを事業展開ならびに起業検討している団体・個人・学生を対象にしたコンテスト。 一次審査通過者10名(予定)が、ファイナリストとして、事業やアイデアの磨き込みを経て、最終審査会に臨みます。

(上田敬)

第14話「財界の夏の勉強会 スタートアップが講師、経団連では初」

2025年8月6日

夏の軽井沢。標高約1000メートルの高原に、爽やかな風が木々を揺らし、都心の喧騒とは別世界の静寂が広がっています。 気温は最高でも30度程度と、東京に比べると10度近く涼しいです。この避暑地が最も美しい時期を迎えた7月、いつものように経営者たちが続々と集まりました。 財界の勉強会の季節です。今年はスタートアップの存在感が目立ちました。

経団連は7月24、25日、長野県軽井沢町で会長・副会長らが現在の課題について学び議論する夏季フォーラムを開きました。 統一テーマは「人口減少下でも輝く日本経済・社会の未来図」でした。

軽井沢プリンスホテルの宴会場で、今年最も注目を集めたのは、 人工知能(AI)開発のSakana AI(サカナAI、東京・港)のデビッド・ハ最高経営責任者(CEO)と伊藤錬最高執行責任者(COO)の講演でした。 休み時間にも挨拶するための長蛇の列ができていました。夏季フォーラムの長い歴史の中で、スタートアップ経営者が講師になったのは初めてだといいます。

経団連は近年、ディー・エヌ・エーの南場智子会長を副会長(今年の新体制では審議員会副議長)に据えるなど、スタートアップ支援を強化しています。 南場氏とKDDIの高橋誠会長、ユーグレナの出雲充社長を共同委員長とするスタートアップ委員会を設けており、 2022年には「スタートアップ躍進ビジョン」を打ち出し、今年5月には、それをアップデートしました。 ユートラストの岩崎由夏社長やVISITS Technologiesの松本勝CEOなど、未上場のスタートアップ経営者が会員になる例も増えています。

それでも、現職首相を迎える夏季フォーラムではこれまで、スタートアップを講師に迎えることはありませんでした。 それだけ、AI領域への関心とともに、日本最速でユニコーン(時価総額10億ドル)となったスタートアップとしてのサカナAIへの興味もあった模様です。 講演のテーマとともに、講師の人選は、議長を務めた小路明善副会長(アサヒグループホールディングス会長)が担いました。

セントラムのリアルな場所がなくなるという知らせに、一抹の寂しさを覚えたのは私だけではないでしょう。

時計の針を巻き戻せば、日本のクリプト黎明期、まだ世間が「仮想通貨」という言葉に半信半疑だった頃にエンジニアたちが集った、 この界隈では伝説的なコワーキングスペース「ニュートリノ」も、かつて渋谷にあり、そして静かに姿を消しました。

経済同友会は、7月18、19日に、第40回夏季セミナーを開催しました。テーマは、「『共助資本主義』で挑む経済社会『令和モデル』への転換」としました。 元々、経営者個人が会員になる組織であるため、登壇者にも上場したメガベンチャーの経営者が目立ちました。 「食糧・農業分野における構造的課題」というセッションには、髙島宏平オイシックス・ラ・大地社長、 「地域が稼ぐ時代へ:令和の地域共創」では、田中仁ジンズホールディングスCEOらが登壇しました。 南壮一郎ビジョナル社長らがフロアから鋭い質問を投げかけていました。

日本生産性本部は、7月9、10日に、第68回「軽井沢トップ・マネジメント・セミナー」を開催しました。 「令和時代の生産性改革~未来を切り拓く経営者の役割~」を統一テーマに掲げました。 スタートアップ経営にも詳しい冨山和彦IGPIグループ会長が総合コーディネーターを務め、スタートアップ経営者を講師に起用しました。 冨山氏が自らモデレーターを務めたパネルセッション「次代を担う経営者の挑戦」では、 排せつセンサーを手がけるaba(千葉県八千代市)の宇井吉美代表取締役CEOと、 東京大学松尾研究室発のAIスタートアップでKDDIグループ入りしたELYZAの曽根岡侑也代表取締役CEOがパネリストを務めました。 「企業によるイノベーションと地方創生」では、マクアケの中山亮太郎社長らがパネリストで、 インバウンド観光向け事業のWAmazing加藤 史子代表取締役CEO(当時)がモデレーターを務めました。

かつて「エスタブリッシュメントの社交場」であった軽井沢のセミナーが、なぜこれほど大きく変わったのでしょうか。 その背景には、人口減少や気候変動、そして抗いがたいデジタル化の波といった、日本が直面する待ったなしの課題があります。 旧来の成功モデルだけでは未来は描けない、イノベーションが必要だという切実な危機感が「新しい血」を渇望させたのではないでしょうか。 スタートアップを招き入れ、その知見やスピード感、そしてリスクを恐れない挑戦者精神を学ぶオープンイノベーションの波が、軽井沢にまで押し寄せた格好です。

経済同友会の夏季セミナーの最終日の夕食懇談会は、ジョン・レノンが宿泊したことでも知られる万平ホテルで催されました。 外国人を取り込むインバウンドの草分けでもある万平ホテルは奇しくも、ある意味スタートアップでもあります。 江戸時代中期の1760年代に、佐藤万右衛門が開業した旅籠「亀屋」を、 佐藤万平が明治27年(1894年)に外国人向けホテルとしてリニューアルした「亀屋ホテル」が起点です。 今風に言えば、事業を見直して再成長を目指す「アトツギベンチャー」と呼ばれるスタートアップの一形態でもあります。 今夏の軽井沢のセミナーは、日本産業全体がスタートアップ流にアップデートするきっかけになるかもしれません。

(上田敬)

第13話「Web3コミュニティに転機? 渋谷「Centrum」、リアルスペースが終了」

2025年7月30日

皆様、いつもメルマガをお読みいただき、また様々なイベントでご一緒させていただき、誠にありがとうございます。 皆様からの温かい応援や鋭いご意見が、私たちの活動の大きな励みになっております。

さて、今週は一つの時代の終わりを告げる、少しセンチメンタルな話から始めさせてください。

日本のWeb3コミュニティにとって、一つの「聖地」であった渋谷の「セントラム(Centrum)」が、7月31日をもってその扉を閉じます。 まるで夏の終わりの線香花火のように、最後の輝きを放って。

7月25日のクロージングパーティー、26日のアバランチグルメナイトは、別れを惜しむ人々で溢れかえっていました。 セントラムは単なる交流の場ではなく、国内外のプロジェクトが事業戦略を発表したり、新たな才能が出会い、 未来を語り合ったりしたイノベーションの場でした。 セントラムは日本のWeb3シーンの熱量を高め、世界に示してきました。 あの空間で交わされた無数の会話と、グラスを合わせる音は、さながら日本のWeb3を象徴するサウンドトラックのようでした。

スタートアップを取材する私にとって、Web3は期待の領域の一つです。思い起こせば2年前のオープニングイベントにも立ち会っていました。 会場を借りて、金融庁や経産省の担当者を招き、Web3のトークセッションを開催したこともあります。

セントラムのリアルな場所がなくなるという知らせに、一抹の寂しさを覚えたのは私だけではないでしょう。

時計の針を巻き戻せば、日本のクリプト黎明期、まだ世間が「仮想通貨」という言葉に半信半疑だった頃にエンジニアたちが集った、 この界隈では伝説的なコワーキングスペース「ニュートリノ」も、かつて渋谷にあり、そして静かに姿を消しました。

日本のクリプトの歴史は、渋谷という街と深く結びついていました。

2014年、世界を震撼させたマウントゴックス事件の舞台も渋谷でした。 この事件は、日本のクリプトに「危険」「怪しい」という重い十字架を長く背負わせました。

しかし、ブロックチェーン技術を信じる人々は立ち上がりました。 2017年頃の熱狂と、その後のコインチェック事件という激しい浮き沈みを経て、投機目的ではない、 本質的なコミュニティが育ち始めました。その象徴こそが、前述の「ニュートリノ」のような場所だったのです。

そして時は流れ、DeFi、NFT、Web3という新たな波に乗り、日本は再び世界の注目を集めるまでになりました。 その近年の盛り上がりの中心にいたのが、渋谷であり、セントラムだったのです。

だからこそ、セントラムの閉鎖は、単なる一施設の閉鎖以上の意味を持ちます。 7月上旬のスタートアップの祭典「IVS」で、昨年あれほど熱気に満ちていた「IVS Crypto」が開催されなかった事実も、 この流れに連動しているように見えてしまいます。

まるで、熱狂的な夏が終わり、冷たい秋風が吹き始めたかのような感覚。

「日本のWeb3は、またあの長い冬に戻ってしまうのか?」

そんな不安がよぎるのも、無理からぬことかもしれません。

しかし、私たちは歴史から学ぶことができます。冬の時代があったからこそ、本質を見極める目が養われ、次の春に向けた強い芽が育ったのです。

逆風が吹いているのは事実でしょう。しかし、地中深くでは、これまで以上に力強い根が張っています。 ブロックチェーン技術を基盤とした有力なプラットフォームの1つであるイーサリアムは、本日7月30日に誕生10周年となりました。 一つのプロジェクトが、これだけの浮き沈みを乗り越え、世界中のイノベーションの基盤として成長し続けている。 この事実は、私たちに揺るぎない勇気を与えてくれます。

8月には、アジア最大級のWeb3カンファレンス「WebX」が東京で3回目の開催となります。 世界中の才能と資本がこの国に集結します。これは、世界が日本のポテンシャルを疑うどころか、 むしろ新たな主戦場の一つとして見ていることの何よりの証明です。

オフラインの拠点もまた、形を変えて進化しています。

渋谷の灯火が消えゆく一方で、隣の恵比寿では、デジタルガレージ社が運営する洗練された会員制スペース「Crypto Cafe&Bar」が、 ビジネスとカルチャーの交差点として確固たる地位を築いています。

歌舞伎町には、仮想通貨に関する情報交換やコミュニケーションを目的としたラウンジ、CryptoLoungeGOXがあります。 さらに最近では、四ツ谷にビットコインの思想と技術を探求する硬派なコミュニティスペース「ビットコインベース」が誕生しました。

Centrumも、歩みを止めません。Centrum統括のSeiya氏は、 「Blockchain, Web3をやるすべての人へ – 日本のweb3中心地を作った者としての総括」と題したメッセージの中で、 「渋谷のスペースよりもクローズドな家と、より分散システムの思想を広めるための活動を行なっていきます。」と表明しています。

私たちは今、歴史の転換点に立っています。熱狂に踊らされる傍観者でいるか、この変化の波を乗りこなし、 次なる時代を自らの手で創り出す当事者になるか。その選択が、今、私たち一人ひとりに問われています。

(上田敬)

第12話「国際舞台で勝てるか、日本代表 スタートアップの世界大会予選が開催」

2025年7月24日

みなさん、こんにちは。日本経済新聞社の上田です。いつも「イノベの鍵」メルマガコラムをお読みいただき、ありがとうございます。

夏休みに入り、高校野球では夏の甲子園に向けて、各県の代表校が続々と決まっています。みなさんの母校はいかがですか。 私の出身校は残念ながら、初戦敗退だったようです。

スタートアップ界隈でも、先週、世界大会の予選が2件、開催されました。

まずは、7月15日火曜日です。KPMGジャパンは、「KPMG Private Enterprise Global Tech Innovator Competition in Japan 2025」と題し、 ピッチコンテストを実施しました。11月にポルトガルのリスボンで開かれる世界大会に向けて、日本代表を選出しました。 ピッチしたスタートアップ企業の数は33社でした。この類のコンテストのファイナリストとしてはかなり多く、発表は長時間に渡りました。 また、ディープテックと呼ばれる会社が大半で、専門性の高い内容でしたが、聴衆は熱心に聞き入っていました。 各種支援団体など、スタートアップエコシステムを支える多様なプレーヤーが参画しています。

日本代表に選ばれたのはバイオエネルギー・炭素回収プラントを開発するライノフラックス(京都市、間澤敦CEO)でした。 同社は、バイオマスを活用した発電と二酸化炭素回収の新技術を開発するスタートアップです。 京都大学の研究成果を基に設立され、従来の燃焼方式ではなく、金属イオンの化学反応を利用してエネルギーを生み出します。 発電コストを大幅に削減しつつ、ほぼ純粋な二酸化炭素を回収できるのが強みです。 環境負荷の少ない安価なエネルギーが求められる中、同社の技術はバイオマス資源の有効活用を可能にする画期的な解決策として注目されています。

18日金曜日には、スタートアップワールドカップ東京予選が、東京・六本木のグランドハイアット東京で開催されました。 主催者はベンチャーキャピタルのペガサス・テック・ベンチャーズです。東京予選代表に選ばれたのは、 「秘密計算」を中心としたセキュリティ技術のAcompany(アカンパニー、名古屋市、高橋亮祐代表取締役CEO)でした。 名古屋大学出身の技術者らが設立したスタートアップです。10月に米サンフランシスコで開催される決勝大会に臨みます。

秘密計算クラウド「AutoPrivacy」事業では、データのプライバシー保護と活用を両立させるクラウドプラットフォームを提供します。 特に、ハードウェア型秘密計算技術を活用したセキュリティサービスに強みがあります。 今後、医療や金融、経済安全保障、国防など新領域への進出を視野に入れているといいます。

2位はロケット開発・打ち上げのインターステラテクノロジズ(北海道広尾郡大樹町)、 3位は、人工知能(AI)でルートを最適化した相乗りタクシーを展開するNearMe(ニアミー、東京・中央、髙原 幸一郎代表取締役CEO)でした。

ちなみに、今週放送する「イノベの鍵」に出演していただく、フォースタートアップスの志水雄一郎社長が審査員の一人に名を連ねていました。

KPMGのコンテストでは昨年、日本代表だったThermalytica(サーマリティカ、茨城県つくば市)が、ポルトガル・リスボンで開催された世界大会で優勝しました。 同社は、国立研究開発法人物質・材料研究機構のウー・ラダー氏が最高技術責任者を務め、高性能の断熱素材「TIISA(ティーサ)」を開発・製造しています。 スタートアップワールドカップでは、保育サービスのユニファ(東京・千代田)が初年度の2017年、世界大会で優勝しています。 2023年には人工知能(AI)診断支援機器のアイリス(東京・千代田)が日本勢として2度目の優勝に輝きました。

世界大会での優勝は決して、夢ではありません。ライノフラックスとアカンパニーの健闘に期待したいと思います。

(上田敬)

第11話「真価問われるVC協会」

2025年7月18日

いつも本メルマガをご愛読いただき、心より感謝申し上げます。7月も半ばを過ぎ、連日の猛暑に見舞われておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、先週7月11日に日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の第23回定時会員総会が開催され、新体制が発足しました。 6月の「イノベの鍵」に出演していただいた東京大学エッジキャピタルパートナーズ代表取締役社長CEO・マネージングパートナーの郷治友孝氏と ジェネシア・ベンチャーズ代表取締役・General Partnerの田島聡一氏の両会長は続投となりました。私は総会後の講演会と懇親会に参加してきました。

JVCAの設立は2002年のことです。当時、その成立過程や、初代会長は誰になるのか、記者としてベンチャーキャピタル(VC)や 行政の関係者を取材していたことが思い出されます。

日本のVC業界の発展ぶりを映して、JVCAという組織の勢いは増しています。発足から22年超が経過したJVCAですが、その成長軌道は実に印象的です。 会員数は現在379社に達したそうです。当初は、金融系と呼ばれる銀行や証券会社のグループ会社が主体でした。 その後、独立系と言われる専業のVCがじわじわと増え、国の政策で大学系VC、そして、大企業のオープン・イノベーションの流れに乗って、 企業系のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の加入が伸びています。 各種支援団体など、スタートアップエコシステムを支える多様なプレーヤーが参画しています。

会員数の拡大に加えて、特に注目すべきは、国際的な存在感の向上です。2024年10月には世界30を超える国・地域からVC・PE協会代表が集う Global Venture Capital Congress(GVCC)がJVCAのホストにより日本で開催されました。これまで欧米が中心だったグローバルなVC業界の議論に、 日本が関与できるようになったことを示すものです。

2022年に、政府が「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出したこともあり、スタートアップ支援は経済政策の表舞台で注目を集めるようになりました。 スタートアップエコシステムが、日本経済全体に与える影響も評価されるようになりました。 大企業の中にも、スタートアップに対して、単なる投資を超えた協業・共創の機運が醸成されています。

こうしたなか、JVCAは、実に野心的な目標を掲げています。「2027年までに、上場・非上場含むスタートアップの株式時価総額の合計額を100兆円規模とする」。 現在は40兆円台ですから倍増以上を目指すことになります。

この目標達成に向けて、新体制では5つの重点方針を設定しました。投資マネーの拡大、イノベーションと多様性の促進、M&Aや株式市場等の環境の高度化、 グローバル展開の加速、そしてデータの整備と活用です。意欲的な戦略ですが、裏を返すと、解決すべき課題があるとも言えます。

私が初めて、ベンチャーキャピタルを取材したのは確か、入社1年目、1989年のことだったと記憶しています。 VCによるスタートアップ投資への期待はここ数年急速に拡大し、当時とは比べ物にならないほど高まっています。そして、多様です。 核融合や量子コンピューティング、生成AI(人工知能)などのディープテック、あるいは地球環境問題に対応するクライメートテックなど イノベーション創出は主要なテーマです。日本においては、地方創生も対象ですし、貧困や少子高齢化、 女性活躍などの社会課題解決を目指すインパクト投資への貢献もVCの役割だと考えられています。

生成AIの劇的な進化や複雑化する地政学リスクなど、変化の激しい時代だからこそ、 長期的な視点に立った価値創造が重要になります。日本のベンチャーキャピタル業界が世界をリードする存在となり、 社会に貢献するイノベーション創出の牽引役となれるのか、JVCAの真価が問われています。

(上田敬)

第10話「IVS KYOTO 2025 サイドイベント文化が定着 500超開催」

2025年7月9日

みなさん、こんにちは。日本経済新聞社の上田です。いつも「イノベの鍵」メルマガコラムをお読みいただき、ありがとうございます。

先週、京都で開催されたスタートアップイベント「IVS KYOTO 2025」を取材しました。 株式会社Headline Japan、京都府、京都市が共同で設立した「IVS KYOTO実行委員会」が主催しました。 実は会場で、「メルマガ読みました」と声をかけられることがあり、嬉しかったです。 これからもイベント会場で見掛けられたら、ぜひお声がけください。

最終日の午後、主催者代表の島川敏明氏と、エグゼクティブラウンジでばったり会いました。 今年のIVSを振り返るコメントを求めました。 「今回いろんな新しいチャレンジをしました。スタートアップマーケットという展示ブースを設けました。 単に展示するのでなく、VC(ベンチャーキャピタル)がおすすめのスタートアップを紹介するツアーを実施しました。 ピッチ関係のコンテンツを4つ実施しました。 ローンチパッドに加え、学生ピッチ甲子園、キャンプファイヤーさんとコラボした、クラウドファンディングと連携したピッチ、 今日これから始まる AIクリエイティブコンテストのピッチです。見所は増えたと思います」

多種多様なコンテンツに呼び込まれ、参加者は昨年比1000人増の1万3000人だったと発表されています。 海外からも70カ国2000人が参加したといいます。招待制からオープン参加に切り替えた2023年以降、増加傾向が続いています。

注目度が高まるにつれて、IVSそのものについては近年、日本経済新聞でも取り上げることが増えています。 ということで、今回のコラムでは、サイドイベントについて、お話しさせてください。

サイドイベントは、IVSのように多くの参加者を集める大型イベントの開催期間中あるいは前後の日程で開催される数十人から数百人規模の イベントです。テーマや参加者を絞り込んでいて、より深い議論・交流ができると言われます。 日本でサイドイベントが普及し始めたのは、ブロックチェーンや暗号資産などを取り上げるWeb3関連の大規模カンファレンスからでした。 IVSについて言えば、Web3関連のイベントを併催した2022年、招待制イベントから誰でも参加できる形態に変化した2023年から サイドイベントを開催する文化が広がりました。

IVSでは、500超のサイドイベントが開催されたといいます。IVSは、7月2日から4日にかけて開催されましたが、 中日の3日は早朝から翌日未明午前4時頃まで、有料・無料を含めて、サイドイベントが数多く開催されていました。 IVS運営側も開催を推奨しており、今年はサイドイベントを管理するシステムも開発・提供を始めました。 開催数は日本最高水準であり、公式サイドイベントに絞れば、パリのビバテクノロジーなどを遥かに上回ります。

サイドイベントの種類は多種多様です。セカンダリーファンドや人工知能(AI)、フードテック、 インパクト投資などをテーマとするミートアップが開催されました。 楽天グループの三木谷浩史会長兼社長との経営者限定相談会、鴨川べりを走るランニングイベント、ランチ会、 禅を学ぶ集まり、飲み会、参加者を限定した交流会など、多様なサイドイベントが、企画・開催されました。

会場もカフェや飲食店、会議室、ラグジュアリーホテルの宴会場など様々でした。 主催者も個人の有志から、パナソニックなどの大企業、ジャフコグループなどのベンチャーキャピタルなど多様な主体が取り組んでいました。

テーマを絞り込むことで、共通の関心、価値観を持つ人たちが集まりやすいという利点があります。 また、実は開催都市にもメリットがあります。IVSのネームプレートをぶら下げた参加者が街中を行き交うことで、 イノベーションの機運醸成につながるというのです。 もちろん、IVS自体の効果が大きいのですが、サイドイベントがあることで、街の隅々に行き渡るといいます。 IVSが地域に定着することにも一役買っていると言えるようです。

参加者の中には、サイドイベントだけを巡回する人もいらっしゃいました。 それだけでも、新たな知見や人脈など、得るものは大きかったはずです。 サイドイベントは本日(7月9日)以降も20件以上が登録されています。 関心のあるサイドイベントを見つけて、参加されてはいかがでしょうか。

(上田敬)

第9話「託児付き新幹線でGO! 京都開催スタートアップイベント「IVS」」

2025年7月2日

みなさん、こんにちは。日本経済新聞社の上田です。いつも「イノベの鍵」メルマガコラムをお読みいただき、ありがとうございます。

今週のスタートアップや大企業の新規事業関係者界隈の話題といえば、 きょう2日から京都で開催される国内最大規模のスタートアップカンファレンス「IVS2025」でしょう。 IVS KYOTO実行委員会(Headline Japan、京都府、京都市)が主催し、12000人の参加を見込んでいます。 フェイスブックやXなどのSNSでも、IVS参加を表明する投稿が目立ちます。

さて、今回も「スタートアップ道中記」にふさわしい話題があります。 一時保育マッチングプラットフォーム「あすいく」を運営するあすいく(東京・港、幸脇啓⼦代表取締役)は本日午前、 東海旅客鉄道(JR東海)と共同で、子連れでIVSに参加する方を対象に、「託児付き新幹線」を走らせました。

新幹線の一部車両を貸し切ることで、安心して子連れで移動できます。 一般の車両ですと、周囲のビジネス客に迷惑をかけないように、子供が騒がないかどうか気兼ねしてしまいがちです。 今回の車両ではさらに、保育士3人が帯同するので、IVSに参加する親は安心して、商談やピッチの準備など仕事に専念することができます。 子育て世代のスタートアップイベントへの参加を支援する特別企画「Go to IVS with KIDS!」の一環で実施します。 「⼦どもがいることでイベント参加をためらってしまう」という働く親の課題を解決する狙いです。

託児、見守りだけにとどまりません。オリジナルの”エンタメ”プログラムも用意されたようです。 JR東海の駅員さんとアナウンスを体験したり、制服を着て記念写真を撮ったり、パーサーさんとともに販売を体験したりします。

実は地域で開催されるスタートアップやイノベーション関連のイベントが増えるにつれて、 東京からの移動についても1つのイベントとして盛り上げようという試みは広がっています。 札幌市を中心に開催される老舗イベントのNoMaps(ノーマップス)は昨年、 羽田から新千歳を結ぶフライト「NoMaps Flight」を初めて企画しました。 機内では、NoMaps2024の参加者を乗せて上空1万メートルでの交流イベントも開催しました。 今年2月に第1回を開催した愛知県と名古屋市のイベント「TechGALA Japan(テックガラ ジャパン)」では、 開幕日前日に東京から名古屋まで東海道新幹線の一部車両を貸し切りました。座席のヘッドカバーをテックガラ仕様に差し替えるなど、 分を盛り上げる工夫が凝らされた車両の中で、主催者に挨拶やネットワーキングイベントなどが開催されました。

こうした取り組みには、交通機関を運営する会社の協力が大切です。 今回の企画は、日本の大手鉄道会社(グループ企業を含む)の新規事業部門などで構成する、 社会課題解決のためのイノベーションを創出する集まり「TRIP」が、協力しました。 大企業とスタートアップが連携するオープンイノベーションの一環で、 スタートアップの事業の社会実装を⽀援しました。 TRIPには⼩⽥急電鉄や京王電鉄、京浜急⾏電鉄、JR東⽇本スタートアップ、⻄武ホールディングス、東急、⻄⽇本鉄道、東京地下鉄、東武鉄道、 相鉄ホールディングス、名古屋鉄道、東海旅客鉄道)と大手システムインテグレーターのTISが参加しています。

鉄道が好きな子どもは多いと言われます。 親がIVSに参加できるようになるだけでなく、今回の新幹線での体験がきっかけになって、未来の起業家が育つかもしれません。

(上田敬)

第8話「新規事業の担当になったら虎ノ門に行こう」

2025年6月25日

皆さん、こんにちは。日経CNBC「イノベの鍵」でコメンテーターを務めています、上田敬です。 今回のコラムでは、今週の番組で取り上げる「CIC(ケンブリッジイノベーションセンター)」についてお話ししたいと思います。

私は毎週木曜日の夕方、時間があるときは、東京・虎ノ門の虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階に足を運んでいます。 CIC Tokyo Campusで開催されるスタートアップやイノベーションに関するミートアップイベント「ベンチャーカフェ」に参加するためです。 5月 21日のメルマガでも触れましたが、イノベーションのハブ、スタートアップのインキュベーションの拠点はここ数年、いくつも開設されています。 中でも最も熱いと思うのが、CICです。イノベーションや新規事業の担当になったら虎ノ門のCICに行きませんか。

CICは1999 年に米マサチューセッツ州ケンブリッジ市で創業した、グローバルに展開する都市型のイノベーションセンターです。 虎ノ門の拠点は、CICのアジア初の拠点です。スタートアップや大企業の新規事業部門、政府機関、地方自治体の東京拠点、 各国政府系の投資事務所などが集積しています。

CICが提供するものは単なる物理的な空間ではありません。コミュニティやネットワーク、さらには専門的なリソースを活用する機会です。 これにより、スタートアップは孤立することなく、他の企業や専門家と協力し、迅速に成長することができます。

世界各国から日本を訪問するスタートアップの代表団は必ずと言っていいほど、CICでカンファレンスを開催します。 近くの霞ヶ関から中央省庁の関係者が来訪し、スタートアップに関する政策について説明することもあります。 岸田前首相が、「スタートアップ創出5か年計画」を発表したのも、CICでした。

木曜日恒例のベンチャーカフェでは毎週、様々なトークセッションが開催されています。 クライメートテックやフードテックなど特定のテーマでスタートアップや大企業が自社の取り組みを紹介したり、 自治体がスタートアップを招聘するための「リバースピッチ」を繰り広げたりします。 新たなパートナーシップのきっかけを提供しています。 プログラムを事前に確認して参加するのがもちろん適切ですが、ふらっと立ち寄っても得るものは少なくありません。 予期せぬ偶然の出来事から、有益な発見をする「セレンディピティ」を実感することが少なくありません。 ちなみに、木曜日以外にも、オープンなイベントが数多く開催されています。

CICの東京拠点の開設には、CIC Japan会長である梅澤高明さんのリーダーシップが不可欠でした。 今週のイノベの鍵では、開設に至る梅澤さんの問題意識と強い思い、福岡の新拠点の今後の計画などをお伺いしました。ぜひご視聴ください。

(上田敬)

第7話「ビバテクノロジー「AI一色」」

2025年6月18日

日本からの視察者「来年は出展で来る」

本日のコラムは、パリで先週開催された欧州最大級のテックイベント「ビバテクノロジー」の話題です。 大企業が関係するスタートアップとともに取り組むオープンイノベーションの展示会としては、世界最大級だと言います。

ビバテクノロジーの会場は展示会場「パリエキスポ」です。 パリからベルサイユ宮殿に至る街道の門に当たる、ポルト・ド・ベルサイユという場所にあります。 エッフェル塔から直線距離で5キロメートル強とほど近い場所です。 ちなみに、昨年開催されたパリオリンピックではバレーボールの会場でした。

今年のビバテクノロジーには過去最高18万人が参加したとの主催者発表がありました。 昨年、日本が特別招待国だったため、日本でのビバテクノロジーの認知度は急速に高まり、日本からも多くのビジネスパーソンが参加しました。 参加されたみなさんに感想を聞いてみました。

「今年は、人工知能(AI)一色でした」。 長年、ビバテクノロジーを見続ける仏コンサルティング会社、シンノラの今井公子代表取締役CEOはこう表現します。 実際、初日は、エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)の基調講演で始まりました。 ファンCEOはなんと、その日終盤に再び登場し、フランスのAIスタートアップであるミストラルAIのアーサー・メンシュCEO、 駆け付けたマクロン大統領と、AIをテーマに討論しました。

また、今年の特別招待国は「AI大国」のカナダでした。 カナダ・トロント大学でAIを研究するジェフリー・ヒントン教授は昨年、ノーベル物理学賞を受賞しています。

旧知のオープンイノベーションを専門にするコンサルタントの方は初めての参加でした。 「AIの技術力そのものではなく、AIで何をするのか」という展示が目立ったといいます。 「例えば、LVMHはAIを使ってリモワのスーツケースのリユースをより便利にする技術を、 ロレアルはAIを使った垂直農法で育てた花を『生かしたまま』においを抽出する技術を大々的に展示するなど、 サステナビリティを目的としたユースケースが目立ちました」と報告してくださいました。

同じく初参加のセガサミーホールディングス投資マネジメント部の清宮俊久部長は 「ヨーロッパには他にも良いテクノロジーイベントはありますが、 比較するとビバテクノロジーはヨーロッパの中心であることを強く感じますし、 AIによるイノベーションの創出についても大統領・政府や大企業、スタートアップが連携して本気で取り組んでいる気持ちが伝わってきます」 と感想を聞かせてくれました。

シルク由来の機能性素材の生産をてがけるスタートアップ、ユナイテッドシルク(松山市)は2年連続で出展しました。 河合崇社長は「フランス・パリでのリアルなイノベーションの熱気や、多国籍企業からスタートアップまでが同じ舞台で対話する環境に 非常に刺激を受けました。特に、グリーン・トランスフォーメーションや持続可能な素材技術、ディープテックへの関心が 世界的に高まっていることを実感しました。当社ブースにもたくさんの方にお越しいただきました」と振り返ります。

オープンイノベーションのプラットフォームを提供する仏アゴライズの吉田錦弘・日本代表は、 「出展した大企業は、スタートアップと組むことがゴールではなく、事業創出の糸口を見つけようとしていました。 日本企業の参考になると感じました」と話します。

来年のビバテクノロジーは節目の10回目の開催となります。 今年視察した企業関係者からは、「来年も参加したい」「来年は出展します」との声が聞こえてきます。 来年、日本の大企業やスタートアップがどのようにビバテクノロジーに関わるのか、楽しみです。

(上田敬)

第6話「欧州テックイベント「巡礼」のすすめ」

2025年6月11日

イノベーションの最前線を体感しよう

「イノベの鍵」の視聴者のみなさん、イノ・キー会員のみなさん、こんにちは。

今回のメルマガは「スタートアップ道中記」というタイトルに相応しい内容かなと思っています。

6月のヨーロッパは季節もよく、観光シーズンですが、実はテックイベントも目白押しです。 スタートアップやイノベーションに関わる皆さんにとって、これらのイベントを定点観測することが成長の鍵となります。さあ「巡礼」に出かけましょう。

まず、紹介したいのは、今日6月11日から14日までの日程で、パリで開催されるヨーロッパ最大級のテックイベント 「Viva Technology(ビバテクノロジー) 2025」です。気候変動や医療、金融といった分野におけるテクノロジー活用に焦点が当てられ、 世界中から起業家、投資家、テックリーダーが集結します。マクロン仏大統領やLVMHのベルナール・アルノー最高経営責任者(CEO)が例年、 出席することでも知られます。今年の目玉となる登壇者は、エヌビディアのジェンスン・ファンCEOです。

テックイベントと言えば、日本では、毎年1月に米ラスベガスで開催されるCESが著名ですが、ビバテクノロジーの参加者数はCESを上回ると言います。 昨年のビバテクノロジーで、日本がカントリー・オブ・ザ・イヤーに選ばれたこともあり、日本での認知度も急速に高まっています。 今年も多くのスタートアップや大企業、東京都などの自治体が出展します。日頃取材させていただいている大企業の新規事業部門の方々とお話ししていると、 「今年は視察で参加するよ」という方が増えている印象です。

同じ週にはロンドンで、「London Tech Week(ロンドン・テック・ウイーク) 2025」(6月9日〜13日)が開催されます。 人工知能(AI)やサイバーセキュリティ、量子コンピューティングなど幅広いテーマが議論され、未来志向の技術革新やグローバルビジネスの潮流を把握できます。 ロンドンからパリへの旅は鉄道が良いでしょう。ドーバー海峡を海底トンネルで貫いて、約2時間15分ほどでパリ北駅へ到着します。 そこからビバテクノロジー会場へは地下鉄(メトロ)もありますが、タクシーやバスで、シャンゼリゼの街並みやエッフェル塔を眺めながら、 移動するのも良いかもしれません。

翌週は、ルクセンブルクで「Nexus Luxembourg 2025」(6月17日〜18日)が開催されます。 宇宙やフィンテックといった最先端分野にフォーカスし、日本からもスタートアップ企業が出展予定です。 楽天や月面着陸を目指すispace(アイスペース)が、欧州拠点をルクセンブルクに置いています。 パリから鉄道で2時間半ほどです。ルクセンブルクではワインを醸造するシャトーに立ち寄るのも良いかもしれません。

「The Next Web Conference 2025」(6月19日〜20日)が開催されるオランダ・アムステルダムへの移動は6〜8時間かかりますが、 移動日を1日取れるので、この間も電車として車窓を楽しみましょう。 主催企業は実は、英フィナンシャルタイムズ傘下で、日本経済新聞社のグループ会社でもあります。

カンファレンスの聴講や展示ブースの訪問で学びや示唆を感じることは楽しい経験です。 夜のサイドイベントでの専門家、起業家、投資家とのネットワーキングも醍醐味です。 同じ欧州とはいえ、各イベントはそれぞれ異なる特色を持っています。今からでも間に合います。ぜひ一度参加してみてください。 そしてできれば、数年続けて「定点観測」することで、トレンドの変遷、技術の成熟度、エコシステム全体の進化を肌で感じてください。 イノベーションのダイナミズムを深く理解できることでしょう。

(上田敬)

第5話「世界につながるピッチコンテストの意義」

2025年6月4日

スタートアップワールドカップ2025 九州予選、優勝トイメディカルはサンフランシスコの決勝へ

スタートアップワールドカップ2025の九州予選が5月23日、熊本市の熊本城ホールで開催されました。  「塩分オフセット技術」のトイメディカル(熊本市)が優勝し、10月のサンフランシスコ世界決勝大会への出場権を獲得しました。  審査員としてその場に居合わせて、改めて感じたのは、近年、世界につながるピッチコンテストが日本で実施される機会が増えていることでした。

スタートアップワールドカップは、日米に拠点を置くベンチャーキャピタルのペガサス・テック・ベンチャーズ(アニス・ウッザマンCEO)が 2017年から主催しており、決勝大会では、優勝投資賞金100万米ドル(約1億5千万円)を掛けて競い合います。 過去、日本で開催された予選から世界一になったスタートアップも2社あります。

私がスタートアップの取材を本格的に始めた1990年代後半、世界につながるコンテストはほとんどありませんでした。 それだけに、監査法人のEYが主催するアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー(EOY)が始まったときには、驚きと喜びがありました。 決勝の会場がモナコということにもわくわくしたものでした。

最近では、世界規模で開催されるピッチコンテスト自体が増え、日本で予選が開催されることも珍しくはありません。

今年1月、東京都内で「ポーラー・ベアー・ピッチング 」の日本予選が開催されました。 決勝はフィンランド第2の都市オウル市で行われるグローバルイベントです。 氷水の中に入ってピッチする趣向で知られています。

「ゲット・イン・ザ・リング」は、2012年にオランダで始まったスタートアップのピッチコンテストです。 スタートアップ同士が、ボクシングリングのような会場で、1対1で各テーマ毎にピッチで競うユニークな形式です。 日本では近年、大阪のスタートアップイベント「Hack Osaka(ハックオオサカ)」と連動して開催されています。

世界規模のコンテストに直接エントリーし、選抜されることも珍しくなくなりました。 昨年、パリのビバテクノロジー内で実施された、LVMHのアワードには、先日のメルマガで紹介したヘラルボニーだけでなく、 植物残渣を原料としたバイオマス由来の素材開発を手掛けるジカンテクノ(大阪市)もファイナリストとして、パリの本選に参加しました。

世界で存在感を示せば、資金調達や販路拡大が大きく進展します。 スタートアップのみなさん、まずはエントリーしてみませんか。 例えば、スタートアップワールドカップ2025の日本での予選は、今後、7月18日の東京予選、 8月22日に仙台市で開催される東北予選が予定されています。 エントリーはまだ、間に合うようです。

(上田敬)

第4話「万博にはスタートアップがよく似合う」

2025年5月28日

メルマガ読者の皆さん、こんにちは。いかがお過ごしですか?

私は先日、大阪・関西万博に行ってきました。フランス貿易投資庁(ビジネスフランス)などがフランスパビリオンで開催した、 スタートアップに関するセミナー「フレンチテック&イノベーションDAY」を取材するのが目的でした。

フランスのスタートアップは、マクロン大統領の旗振りのもと、「フレンチテック」と名乗り、 世界のテックイベントを席巻しています。セミナーにも有力なスタートアップが登壇しました。

スマートフォンやパソコンなどの再整備品販売のプラットフォームを運営するバックマーケット、 物流ロボティクスシステムのエグゾテックはいずれも時価総額が10億ドル(約1450億円)を超える「ユニコーン」企業です。 フランスの高級ブランド、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは、フランス・パリで昨年開催されたテックイベント「ビバテクノロジー」で、 日本のスタートアップ、ヘラルボニーを表彰したことと、両者による現在の取り組みを紹介しました。

※詳しくは、日経電子版の記事をご参照ください。

新技術を展示し、未来社会を先取りする万博と、イノベーションの担い手であるスタートアップは親和性が高いようです。 フランス以外にも、スイスやオーストリアなどがパビリオンでスタートアップの展示を行いました。 ルクセンブルクは7月、宇宙およびヘルステックに関する使節団が来日する際、スタートアップも何社か参加が見込まれているといいます。 他にもいくつかの国々がスタートアップのセミナーを予定しているようです。

ところで、会場となったフランスパビリオンは、大阪メトロ中央線の夢洲駅側にある東ゲートに近い、アクセスしやすい場所にありました。 隣は米国パビリオンで、双方ともに人気らしく、入場待機列が長く伸びていました。LVMHはパビリオンでも中核的な展示者でした。

出張でしたので、その日のうちに新幹線で帰京しなければなりませんでした。みることができたのは万博全体では、 大屋根リングくらいでしたが、本当に大きく、圧倒されました。屋上は起伏に富んだコースになっていて、眺めも素晴らしかったです。

早々に会場を後にしたため、夜のドローンショーを見ることができなかったのは残念でした。 実はこのドローンショーも、日本のスタートアップ企業、レッドクリフ(東京・新宿)によるものです。 レッドクリフのショーはこれまでも何度か鑑賞していますが、万博のショーはかなりの仕上がりのようです。 次回、訪れた時に体験するのが楽しみです。

(上田敬)

◆大阪万博でスタートアップ披露 フランスやスイス、未来社会示す – 日本経済新聞

第3話「イノベーションの新施設「LiSH」 高輪ゲートウェイ駅に誕生」

2025年5月21日

みなさん、こんにちは。

みなさんは、山手線の高輪ゲートウェイ駅に隣接する「高輪ゲートウェイシティ」を訪問されましたか?東日本旅客鉄道(JR東日本)が車両基地の跡地を再開発した街で、3月に、まちびらきとして、一部先行開業しました。私は先日、イノベーションのカンファレンス「GATEWAY Tech TAKANAWA 2025」を取材するため、訪れました。多くの方が参加しており、にぎわっていました。

最近、再開発されたビルや地区には、イノベーションを促進し、スタートアップを育成するための施設が組み込まれ、新たなカンファレンスやイベントが催行されることが多いです。 高輪ゲートウェイシティ内にも、新たなイノベーション施設「TAKANAWA GATEWAY Link Scholarsʼ Hub(LiSH)」が誕生しました。 今回のカンファレンスも、「LiSH」主導で開催されました。ちなみに、LiSHには、「多様で先端的な知や技術を持つ人(Scholars)をつなげ、かけあわせる(Link)ことで、新たなビジネス・文化を創造すること」という意味合いが込められているそうです。

起業家やスタートアップ、大企業の新規事業担当者ら、挑戦する人たちを応援する「場」はここ数年、増えています。 港区だけでも、挙げればきりがありません。

高輪ゲートウェイシティに近い港区では、森ビル関連が目立ちます。 虎ノ門ヒルズ「グラスロック」には4月、クロスセクターで社会課題解決を目指す「Glass Rock ~Social Action Community~」が生まれました。 虎ノ門ヒルズにはほかに、「世界で初めて大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンター」を標榜するARCHがあります。 麻布台ヒルズには、ベンチャーキャピタルや企業の投資部門であるCVCなどの拠点として、ベンチャーキャピタルハブ東京があります。

1999 年に米マサチューセッツ州ケンブリッジ市で創業した、グローバルに展開するイノベーションセンターCICのアジア初の拠点も虎ノ門ヒルズにあります。 スタートアップや大企業の新規事業部門、政府機関、地方自治体の東京拠点、各国政府系の投資事務所などが集積しています。 毎週木曜日には、ベンチャーカフェというコミュニティイベントも開催されています。 (上田も頻繁に参加していますので、見かけられたらお声がけください。)

隣駅の田町駅の再開発でも、すでに港区による札の辻スクエアがあり、海側の別の場所では民間によるイノベーション拠点が計画されています。

もちろん、施設やアクセラレータープログラムをつくることが目的ではありません。ユニコーン級のスタートアップやイノベーションをどれだけ生み出せるのか。 イノベーションの特急電車に乗り遅れないようにしたいところです。

(上田敬)

第2話「スシテック、パブリックデーも家族連れでにぎわう 子供たちの起業のきっかけにも」

2025年5月14日

先週開催されたスタートアップのグローバルイベント「SusHi Tech Tokyo 2025(スシテック東京 2025)」に、みなさんは参加されましたか?会場の東京ビッグサイトは、国内外からのスタートアップや大企業の新規事業部門などの出展者や参加者であふれ、まさにイノベーションのるつぼと呼ぶにふさわしい活況を見せていました。

盛り上がりが最高潮となったのは、ビジネスデー2日目のアワードセレモニーでした。スタートアップのピッチコンテスト「スシテックチャレンジ」の優勝者をはじめ、最優秀ブースなど、さまざまな表彰が行われました。

スシテックチャレンジで最優秀賞を受賞したのは、米マサチューセッツ州ボストンと宮城県仙台市を拠点とする金属3Dプリンティング技術の3D Architech(3Dアーキテック)でした。ゲル状の素材を使い、10マイクロメートルレベルの微細で精密なデザイン制御を実現でき、強度や柔軟性、導電性などの特性を自在に実現できます。製造コストも引き下げられるといいます。

創業者の成田海CEOは、東京工業大学(現東京科学大学)出身で、カリフォルニア工科大学の博士課程に在籍時、3Dプリンティング技術を応用してリチウムイオン電池の炭素電極を作製する技術を開発しました。米国の電池メーカーを経て、2023年1月、3D アーキテックを創業しました。30代前半と若い技術者の世界への挑戦を応援したいと思います。

今年のスシテックでは、3日目(最終日)の土曜日に、一般の方が無料で参加できるパブリックデーが設けられました。パリのビバテクノロジーでパブリックデーを知った東京都の宮坂副知事が主導しました。小中高校生など子供たちの参加が目立ち、出展企業の社員の中にも、お子さん連れの方がいました。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大西卓哉宇宙飛行士が滞在中の国際宇宙ステーション(ISS)から直接、会場と交信しました。参加した子供達の興奮した様子が印象的でした。富士通はアバターの顔を参加者の顔に差し替える展示を用意していました。子供たちは驚き、楽しんでいました。

子供たちは、最先端技術に触れ、スタートアップやイノベーションの現場で働くことの理解を深め、将来の夢を描く貴重な機会を得たのではないでしょうか。スシテックのパブリックデーをきっかけに、将来の起業家が生まれるかもしれません。

(上田敬)

第1話「スタートアップイベント「スシテック」明日開幕!イノベーションのネタ、いただきます!」

2025年5月7日

いよいよ明日8日から、スタートアップのグローバルイベント「SusHi Tech Tokyo 2025(スシテックトウキョウ 2025)」が開幕します。このイベント、名前からして既に美味しそう…じゃなくて、興味深い、と思いませんか? 私は毎年、このイベントを楽しみにしている一人です。今年はどんなイノベーションのネタに出会えるのか、今からワクワクします。

世界には多くのスタートアップイベント、イノベーションイベントがあります。スシテックは後発と言えますが、その分、世界のイベントの優れた点を、”いいとこどり”できています。ブース展示は米ラスベガスのCES内のスタートアップ展示コーナーであるエウレカパークのようです。フランス・パリのビバテクノロジーのように大企業がオープンイノベーションを推進する場としても機能しています。学生の熱気とエネルギーが溢れるのは、フィンランド・ヘルシンキのスラッシュを思わせます。

今年のブース展示やカンファレンスでは、人工知能(AI)や量子、フードテックを3本柱として、焦点を当てるとのことです。関連するスタートアップが展示で技術を競い、実業家や研究者らがトークセッションに登壇します。まるで巨大なすしねたケースを覗いているような気分で、見ているだけでもお腹…じゃなくて、好奇心が満たされます。

スシテックはメインディッシュだけでなく、サイドメニューも多彩で美味です。さまざまなパートナー企業・団体が独自にパートナーイベント(サイドイベント)を開催します。これがまた、バラエティ豊かで面白いのです。著名な起業家による講演会やワークショップ、投資家とのネットワーキングなど、とにかく多種多様で、自分の興味関心に合ったイベントがきっと見つかるはずです。

私自身も、いくつかのサイドイベントに参加する予定です。会場で見かけたら、ぜひ声をかけてくださいね!一緒に「スシテック」を楽しみましょう!

「イノベの鍵」では、第1回の放送で、東京都の宮坂学・副知事に、スシテックの狙いや魅力を伺いました。第2回放送では、会場の様子をレポートする予定です。そして、もしあなたがスシテックに参加するなら、 #イノベの鍵、#SusHiTechなどのハッシュタグをつけて、あなたが発見した「イノベの鍵」をシェアしてください。

さあ、スシテックでイノベーションのネタをいただきましょう!

(上田敬)